第20話

 ソホロドよりも、朝日が眩しく感じる。

 ベーンの朝は、もうすでに暑い。

「ナラカ、おはよう」

 隣にあてがわれていた、ナラカの部屋のドアをノックする。

 返事はない。いないのかな?

「開けていい?」

 ドアを開けると、やはりいない。

 その代わりに、脱ぎ捨てられたナラカの服が、ベッドの上に散らばっている。

 と、いうことは……。

 たまたま通りがかった使用人が知らない言語で俺に話しかけ、玄関の方向を指差した。ナラカは外へ行った、と伝えたいようだ。

 他の人は?

 部屋を順番に回る。マヤーリエもいない。レイミンは、いた。

「ナラカとマヤーリエは、うみにいきました」

 やっぱり。そうだと思った。

「カガニスは?」

「ねています」

「そうなんだ。レイミンは、海に行きませんか?」

「カガニスがいますから、うみにいきません」

「あー、そっか」

 カガニスは無邪気な少年であると同時に、このヴァスヒューダの王だ。領主の館にいれば安全で不便はないだろうけど、それでも一人ぼっちにはさせられない。レイミンも王族の一人だから、そういう考えになるのも当然だ。

「じゃあ、朝ごはんを食べてから、みんなで海に行きます」

「はい。……あー、アケヤ」

「ん? 何?」

 部屋を出て行こうとすると、レイミンに呼び止められた。

「あー……なんでもないです」

「そう? じゃ」

 ドアを閉め、俺の部屋に戻る。

 そういえば、俺の水着はどうなっているのだろうか? ソホロドでは水着を用意できないから、ベーンで調達するということになっていたはずだ。ナラカとマヤーリエも、前に着ていた水着はもう古いから新しい水着にすると言っていたけど、いつの間に新しい水着を用意したのだろうか。

 部屋の窓から、海を眺める。

 ナラカとマヤーリエを見つけられるかと思ったけど、見つけることはできなかった。

 そもそも、誰もいない。この場所は海水浴場ではないのだろうか? 砂浜にはパラソルが立っているから、海水浴場だとは思うんだけど……。

 ちょっと、外に出てみようか。散歩がてら二人を見つけることができたら、声をかけてみよう。


 驚いた。

 昨日は暗くなってから到着したから気づかなかったけど、この街は巨大なリゾート地だ。

 長い長い海岸線に沿って、高い建物が立ち並んでいる。宿屋……と言うより、立派なホテルだ。

 日本の海水浴場にある店といえば海の家だけど、ここでは開放感のあるおしゃれなカフェだ。大きなパラソルの下にあるテラス席で、水色やピンクのドリンクを飲んでいる人がいる。ただ、地球ならこういうカラフルなドリンクはトロピカルなイメージがあるけど、この世界では人の色もカラフルだから、なんだか同化してしまって、それほど強烈なイメージは受けない。

 まだ朝だというのに、水着を売る店も開いている。これなら、ナラカとマヤーリエが朝から泳ぎに行けるのも納得だ。

 海を見ると、泳いでいる人や砂浜で遊んでいる人がぽつぽつといる。沖にボートを見つけることもできた。これから昼になれば、もっと賑わってくるはずだ。

 館の俺の部屋から海を見て誰もいなかったのは、館の周辺一帯が領主の私有地だからだった。これだけのリゾート地なら夜でも人の声が聞こえてきそうだけど、それがなかったのも、リゾート地と館がある場所がはっきりと分けられているからだ。

 ナラカとマヤーリエは、こっちで泳いでいるのだろうか? 探してみるけど……見つからない。もしかしたら、行き違いで館に戻っているのかもしれない。俺も歩いておなかが空いてきたし、戻ることにしよう。


 館に戻ると、ちょうど朝食の時間だった。

 思った通り二人はもう戻って来ていて、レイミンやまだ眠そうなカガニスと一緒に、朝食のテーブルに着いていた。料理自体はまだ揃っていない。運ばれている途中のようだ。

「ナラカもマヤーリエも、もう海に行ったんだって?」

「はい! アケヤ、きいてください! マヤーリエはおよげます!」

「えっ? 泳げないって言ってなかったっけ?」

 答えながら、席に着く。

「まえはおよげませんでした。でも、いまはおよげます」

「そうなの? 泳げるようになったの?」

「あー、はい。およげるようになりました」

「本当に? すごいな。朝、ちょっと海に行っただけでしょ?」

 こんな短時間で泳げるようになるなんて、すごい運動神経の持ち主だ。

「マヤーリエ、海はどうだった?」

「少し怖かったです」

「今はもう大丈夫?」

「はい」

「ごはんをたべおわったら、みんなでおよぎましょう!」

「それはいいけど、カガニスは、泳げるの?」

 ナラカがヴァーセ語で伝えると、カガニスは一瞬言葉に詰まり、そして自信ありげにそれに答えた。ナラカの通訳を待たなくても、内容は推測できる。

 その間にまた料理が運ばれてきた。これで全部揃ったようだ。

「あー……カガニスは、およげます」

 ナラカもわかっている。カガニスは泳げない。でも通訳としては、カガニスがそう言ったからには「泳げる」と言わなければならない。つらい立場だ。

「まあ、ごはんを食べようか」

 これ以上泳ぐ話を続けるとなんだかカガニスが気の毒だし、もう料理が揃ったのだから、この話はここで終わることにした。


 朝食が終わってから、みんなで水着の店に行った。さっき来た時と比べると、人が多くなってきている。

「アケヤ、これがいいです! あー、あれもいいです! ……これ! これがいいです!」

 男性用の水着なんてそんなに種類があるわけでもないのに、ナラカはやたらといろんなものを勧めてくる。俺が自分で選ぶ隙を与えてくれない。

「あー、これ! これは……アケヤがいいなら、いいです」

「いらないいらない! そんなぴっちりしたの!」

「ぴっちり? ぴっちりはなんですか?」

「え、えーと、ぴっちりは、二つの物が、くっついて、合っています。隙間がないです」

「『ぴったり』じゃないですか? 『ぴったり』と『ぴっちり』はおなじですか?」

「ナラカ、今日は、遊ぶ日だから、後で勉強しよう」

 このままでは先へ進めない。速攻で自分で決めて、ひざ丈のゆったりした水着を買った。色は海と太陽をイメージしているのか、青とオレンジのグラデーションだ。

 俺がナラカと格闘している間に、レイミンもカガニスも水着を買い終わっていた。他にも水中メガネやビーチサンダルなどを買い、店を出た。

 海を眺めると、砂浜にも海にも大勢の人がいる。砂浜を走り回る子供もいるし、ボール遊びをしている人もいる。もちろん、海に入って泳いだり、水を掛け合ったりしている人もいる。サーフィンをしている人がいるけど、よく見るとサーフボードの裏面が発光していて、魔法で何かを噴射している。波がなくても自由に動ける仕組みのようだ。

 この世界らしいのは、日焼けをしようとする人がいないことだ。日光の影響で肌の色が変わるなんてことは、この世界ではないのだ。

 そして、俺達が海水浴をする場所は、ここではない。

 水着を買った俺達は、そのまま館に戻った。

 そして、水着に着替えた俺達が行く場所は、部屋の窓から見た海――領主のプライベートビーチだ。


 そのプライベートビーチに、ビーチサンダルを履いて、歩いて向かう。玄関からではなく、裏口から行った。その方がすぐにビーチに行けるからだ。普通は通れないはずの場所を通り、プライベート感がなんとなく増す。

「わたしのみずぎはどうですか?」

「かわいいよ! すごくかわいい!」

「ほんとうですか! うれしいです!」

 ナラカの水着は、カラフルな花柄のビキニだ。大きめのフリルが、かわいさをさらに増している。黄緑色の肌を若々しい草や葉に見立てると、色とりどりの花柄がさらに引き立つ。いつもの肩掛けカバンの代わりに持っているポーチも、水着に合わせた明るいデザインだ。

 正直、かわいい。お世辞抜きでかわいい。普段の元気で明るくて前向きな性格に加えて、このかわいさ。俺は、どうしたらいいんだ?

 見た目はほぼ同年代だけど、実際には俺の方が十歳くらい年上だ。

 年齢のことは、誰にも言っていない。隠し通したままナラカと付き合いたいという気持ちが湧いてこないと言えば、ウソになる。日本では独身だったし、付き合っていた女性もいなかった。このままナラカと付き合ったって、誰にも迷惑を掛けることにはならないはずだ。

 いや、勘違いするな。ナラカは伝説の英雄グスタシオの生まれ変わりに尽くしているだけだ。俺に、火野朱也個人にではない。誰がグスタシオの生まれ変わりだったとしても、その人に尽くしていたはずだ。落ち着け。冷静になれ。

「そ、そうだ、マヤーリエ、マヤーリエも、かわいいよ」

 思考を逸らすために、マヤーリエに目を向ける。

「あっ、ありがとう、アケヤ」

 マヤーリエが着ているのは胸元も覆うタイプの薄い水色のビキニで、下半身には波のデザインのパレオを巻いている。露出が少ないけど、まだ子供っぽい体型のマヤーリエにはその方が似合う。

 そして、レイミンは。

 高身長でスレンダーな体型、透き通るような青白い肌に、シンプルな黒一色のビキニ。

 似合いすぎる。

 ちょっと、声を掛けづらい。人を近づけさせない美しさがある。

 その隣にはカガニス。水着は黄色に青のラインが入ったトランクスだ。青黒い体に黄色い水着は、なかなか目立つ。

 俺とは違って、太ももも露出している。そしてもうすでに水中メガネをしているけど、さすがにそれは早すぎる。

 この二人は手を繋いで歩いている。なんだか……レイミンがカガニスの保護者に見えてきた。実際、二人がそんな立ち位置にいるような気は、する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る