第19話 元勇者の秘密

「おや、昨日の赤い鎧の兄さんじゃないか。今日はお嬢さん連れかい?」

 アルとユートを見た強面の店主が笑い声で二人に声を掛ける。強面に全く臆することなくユートが店主に話しかけた。


「すいません、昨夜この方が売った剣を買戻しに来ました」


 ユートの言葉に店主の眉が申し訳無さそうに後頭部をかいた。


「すまない、お嬢ちゃん。その剣なら今朝方売れちまったよ」


「えぇ!どなたが買われたんですか?」


 目を見開き店主に飛びつかんばかりの勢いで問うユートの首元をアルが掴み上げた。


『……買い戻さなくて良い』


「でも、あの剣はアルにとって大事なものでしょう?」


 少しばかり落ち着いたユートが心配げに尋ねると


『元々、俺には分不相応なものだったんだ。相応しいヤツが持っている方が剣も幸せだ。そうだろう店主』


 唐突に話を振られた店主が渋い顔をした後に「まあ、」と一拍置いてから話し始めた。


「鎧の兄さんの剣を買っていったのは新たに女神の祝福を授かった勇者だ。まだ、歳は若いが良い目をしていたよ。赤鎧の勇者、アルレッキーノに憧れてるんだと」


 店主の最後の一言にアルは気恥ずかしげに顔を伏せる。


「ね、あたしが言った通りでしょ。貴方の行いが貴方を勇者たらしめていたのよ」


 微笑むユートにアルは小さく『そうだな』と頷いた。




 一度たりとも素顔を見せない上等な剣を売りに来た勇者と言われる赤い鎧。これだけの不審人物、気にならないという方が可笑しい。店主も例に漏れずアルの正体に興味を持っていた。


「なあ、兄さん、あんた一体「聞いたのなら墓まで秘密を持っていく覚悟はあるかしら?」


 問う店主にユートが質問を被せると店主の強面の顔が更に強張る。


『覚悟がないなら聞かないほうが良い』


 元勇者といえど今は魔物の不死者アンデッドのアルと亡国の王女であり今は魔物のユート。この二人の素性を知って厄介事に巻き込まれない確率のほうが少ない。それを理解しているからこそアルもユートも自分たちの素性を進んで教えようとはしなかった。

 沈黙の中、店主の喉がゴクリとなる。


「秘密は墓まで持っていく。だから聞かせてはくれないか」


 店主の覚悟に応じてアルは左目を覆っていた布を取り払った。割れた兜の左目の奥には本来あるはずの素顔も無ければただ暗闇だけが広がっている。


「顔がいや、中身がない?」


 驚く店主にアルは淡々と事実を告げた。


『俺は鎧に意志の宿った生きる鎧リビングアーマーという魔物だ。元勇者が天敵の魔物になってるなんておかしな話だろ』


 言い終え肩を竦めるアルに店主は恐る恐る問うた。


「なんで、魔物になって蘇った?目的は何だ?」


 基本、大きな未練や後悔を持ったものが復讐心を抱いて不死者として蘇る事が多い。もし、この眼前の元勇者が復讐心で蘇りこの地を滅ぼそうとしていたなら。そう思って震える店主にアルは気さくな声で答えた。


『なんで蘇ったか?俺は静かに死んでたかったんだが、隣のお嬢さんに助けてくれと叩き起こされたんでな。そんなだから目的?はまあ、静かに死ぬことだな』


 死ぬことを目的にするアルにユートが抗議の声を上げる。


「違うでしょアル。あたしと一緒に生きて楽しいを実感するためでしょ」


『そうだったか?』


「そうよ。あたしが今そう決めたの」


『何、勝手に決めてるんだよ』


 眼前で繰り広げられる痴話喧嘩に怖がっているのもバカバカしいと恐怖に固まっていた店主の顔に笑みが浮かんだ。


「あぁ、分かった。兄さんが魔物だろうと悪いもんじゃないというのは分かった。暫くはこの街にいるんだろ?その間贔屓にしてくれ」


 そう言い差し出された店主の手をアルは『よろしく頼む』と握り返した。




「ねぇ、店主さん。この辺りで目の代わりになる魔眼とか扱ってるお店とかないかしら?」


 アル自身はさほど気にしてはいなかったがユートにとってアルの左目を自分のために失わせたことは大きな負い目でもあった。


「魔眼ならうちの二階で女房がやってる魔道具屋にもあったはずだ。兄さんの左目にか?」


 店主の言葉にユートが小さく頷く。ちょいちょいとアルを手招きする店主の手には巻き尺が握られている。


「ちょっと、兄さん顔貸してくれ」


 アルの同意を得る前に店主は巻き尺をアルの目元にあてていき、採寸が終わると無造作にアルの顔を押しのけた。


「何日後に来ればいいかしら?」


「5日後に着てくれれば希望の科は用意しておく」


「分かったわ。よろしくね。それじゃあ5日後に」


 当人を置いて進んでいく会話に少しばかりむくれた雰囲気をアルが出すもユートは構わず出口に向かっていく。


 扉をくぐり終える間際にアルは振り返り告げた。


『魔力を抑制する魔道具があったらそれも一緒に頼む』


 そう言い残すと赤い鎧と銀髪の少女は武器屋を後にした。

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