第18話 形見
『う、朝か……』
やや昇りかけた陽の光の眩しさに目を覚まし、膝をついたまま伸びをするアル。数秒間が空いた後に
『朝、朝だって!?』
と勢いよく立ち上がった。
「おはようアル。アルって意外とお寝坊さんなんだね」
口元に朝食のパンくずをつけながら微笑むユートの両肩をアルが掴む。
『ティアラ、どこに売ったんだ』
問い詰めるような強めのアルの口調にビクリとユートの体が震える。
「昨日、お姉さんに聞いた中央通りの宝飾品店だよ」
『分かった』
震える声で答えたユートを一瞥するとアルは革袋を手に部屋を後にした。
ユートに教えられた宝飾店の店先に到着してアルが見たのは街ではあまり見ない豪華な馬車。
嫌な予感を胸にアルはガラス貼りの扉を開けると昨夜ユートを出迎えたのと同じ妙齢の女性店員がアルを出迎えた。
「お客様、どなたかへの贈り物でしょうか?」
真紅の全身鎧に身を包んだアルの風貌から本人が身につけるというよりは贈り物だろうと判断した女性が尋ねると
『昨夜、銀髪の少女から買い取ったティアラを買い戻しにきた』
予想外の答えに少しばかり女性が驚いた表情をした後、申し訳無さげに眉を下げる。
「申し訳ございません、お客様。そちらのティアラは先程、あちらの御婦人が購入されました」
女性の視線の先には他の店員と談笑するどこかユートに面差しの似た身なりの整った中年の女性の姿。
ティアラの入った宝石箱を大事そうに抱え馬車に戻ろうとする女性に後先考えずにアルは声をかけていた。
『すいません、そのティアラは「このティアラはね」
アルが言い終わる前に女性の方が言葉を重ねる。
「このティアラはね、私が妹の誕生日にあげたものと瓜二つなの。……こんな所にはないはずのものなのだけどね」
そう言い終えると女性は目を伏せた。
「亡くなったと聞いて、お城を訪ねたけど誰もいなかった。そうじゃないわ……何もなかったの。何も、何もなかったの。あの子がいたという痕跡が何も残ってなかったのよ」
大粒の涙を目からこぼれ落とす女性に気の利いた言葉をかけられないアルはただ見つめることしか出来なかった。女性の妹とはおそらくユーストマの母、王妃のこと。このティアラはユートと女性二人の形見。
『それはユートにとっても母親の形見』だと言葉を紡ごうとするアルを止めたのは後から到着したユーストマだった。
良いのかと目で問いかけるアルにユートはニッコリ微笑み耳を貸すよう手招きするとそっとアルの耳元で囁いた。
「他の誰かだったらちょっと嫌だけど、叔母様なら良いわ。それに形見ならここにあるわ」
自身の胸の前に手を置いて告げるユート。
『そっか、ユートがそれで良いなら』
ユートの判断に納得して頷くアル。
「妹を弔いたいので私はこれで」
二人にそう告げ足早に馬車に向かって歩く女性にユートが声をかけた。
「妹君の御冥福をお祈りいたします」
今にも泣き出しそうな笑みを浮かべながら言葉を送ったユートの姿を見て婦人は一瞬目を大きく開いてから優しく微笑み返す。
「ありがとう。貴女達もお元気で」
そう言い終えると女性を乗せた馬車は宝飾店を後にした。
婦人の馬車が見えなくなるまで見送るとユートは口元には笑みを、目には怒りを宿らせアルに尋ねる。
「ところでアル、腰の剣はどうしたのかしら?」
どんな言い訳を返したところでユートの怒りは収まらないのは明白。渋々、アルは昨夜武器屋で剣を売ったことを白状した。
「そう、なら買戻しに行くわよ」
いうが早いかユートはアルの手を引いて武器屋へと足早に歩みを進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます