勇者の剣と王女のティアラ

第14話 関所

 街に着いたのは関所の閉門間際だった。


「ふう、なんとか間に合ったね」


 なんとか関所内に案内され、締め出され街の外で野宿せずに喜ぶユートだったが、これから関所で身分証明や身体検査などが行われるというのを彼女は知らない。馴染の商人やこの街の冒険者であればさほど時間はかからないが、身分証のないユートとアルではかなりの時間がかかることが予想された。


「さて、お嬢ちゃんと後ろのお兄さんか、身分証を出してくれないか?」


 人の良さそうな役人が二人に身分証の提示を促す。


『彼女は森で身一つで彷徨っているところを俺が保護したから身分証はない』


 あらかじめ聞かれたとき用に作っていた話をアルが告げるのをユートはそうだったのと隣で目を丸くしながら聞いていた。


「そうかい。じゃあ、お嬢ちゃん。危険物を持ってないか調べたら、冒険者組合で身分証の発行だな。おーい、この子の身体検査頼む」


 そう男性役人が声を掛けると奥から穏やかな笑みを浮かべた眼鏡をかけた女性役人が現れる。


「じゃあ、お嬢ちゃんはお姉さんと一緒に行こうか。危ないものとか持ってきちゃいけないものとか持ってなければ冒険者組合に行って身分証を作ろうか」


 心細げな顔で女性に手を引かれ隣の部屋に移動する銀髪の少女に真紅の鎧は『大丈夫。そう、心配するな』と落ち着いた声色で見送った。


「さて、兄さんの身分証を見せてもらおう」


 役人に迫られ、アルは真紅の鎧の首元から虹色に輝く板を取り出し見せた。


 


 七色に輝く冒険者証を前に関所の役人たちは口々に「本物かよ」「始めてみた」など口々にこぼしながら色めき立っている。

 それも仕方のないこと。この世に七色に輝く神の鉱石で作られた冒険者証を持つものは片手とおらず、その全てが名をはせた英雄であったからだ。生前のアルことアルレッキーノももちろんその一人である。生前は……。

 現在のアルはユーストマが召喚した勇者アルレッキーノの意志が宿った真紅の鎧。そもそも人族でもない。

 問題はそこではない。冒険者証に書かれている名前。


【アルレッキーノ】


 七色の冒険者証にははっきりと記入されている。アルレッキーノは既に故人である。そこから導き出される答えは……


「おい、兄さんどこから盗ってきたんだ?」


 先程まで人の良さそうな笑みを浮かべていた役人の顔が険しくなる。大凡考えられるのは墓荒らしだろうと役人の顔は物がたっていた。


 こうなるだろうと想像していたアルは動揺を見せなかった。


『そう思われても仕方がないが、正真正銘それは俺の冒険者証だ』


 毅然とした態度で答えられ、思わずそうかと飲みそうになった役人に別の役人が待ったをかける。


「これが貴方のものとして、勇者アルレッキーノは既に故人だそこはどう説明する」


『……それは、そこに記録されている魔力波形と今の俺の魔力波形が一致したら証明になるだろ』


 かなり苦しい言い訳を述べる真紅の鎧に問うた役人が大きくため息をついた。


「確かに魔力波形は誰一人として同じものがない個人の証明ではあるが、もう50年も前に死んだ英雄が目の前にいることにはどう説明する?顔を見せてくれるなら信じても良い」


 役人の最大限の譲歩にもアルの胸中には絶望しかなかった。


(完全に詰んだかもしれない……)


 この国の姫が召喚して勇者の鎧に本人の意志が宿りましたと事実を述べたとして現場を見ていないものが信じるだろうか?仮に信じたとして鎧に意志が宿った者をこの世界では生きる鎧リビングアーマーと呼び、魔物と分類されている。

 生きる鎧の多くは非業の死を遂げたものの怨念が宿り生者もろとも破滅へと向かおうとする不死人アンデッド。そんな危険な魔物は見つけ次第退治されるのが常識。それはアルも心得ている。

 もともと中身などない鎧なのだ、顔など見せられるわけもない。バイザーを上げた時点で生きる鎧だとバレてしまう。バレた時点で即刻討伐対象とされるのは明白だ。


(死にたいと思ってるのに、退治されるかもしれないと思ったら案外死にたくないもんなんだな)


 死にたいと言いながら本当は生きたいと願っている自分にアルは少しだけ驚きを感じていた。


『……顔は見せられない』


 絞り出すように発せられた答えに役人はまたも大きなため息を付く。


「アルレッキーノはこのあたりじゃ有名な英雄だ。この街の人の多くが世話になった。正直大事にはしたくない」


 そう言うと役人はアルの耳元に顔を寄せた。


「これから俺が言うことに話を合わせてくれ」


『分かった』


 ここはもう役人の提案に乗るしかないと頷き、覚悟を決めたアルに役人は七色に輝く冒険者証を指差し言った。


「自分の冒険者証をなくしたから拾った冒険者証をつけるなんてな。だがな、それは有名過ぎたんだよ。さっさとそれをこちらに渡して再発行してくるんだな」


 突拍子もない役人の言葉に思わずアルの青い目が瞬く。早く渡せと手を突き出す役人には気圧されながらもアルは首紐を解き冒険者証を役人に手渡した。


「よし、後は手荷物だが、持っているのはその剣だけだな」


 真紅の鎧が頷くと役人はアルの冒険者証を片手にアルの腕を掴み「よし、冒険者組合に再発行に行くぞ」と冒険者組合に向かってアルを引きずっていくのだった。

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