第15話 冒険者組合

 アルよりひと足早く冒険者組合に到着していたユーストマは登録用紙の前で悩んでいた。記入すべき第一項目に名前を書いてくださいとあるのだ。


(これって本名で書いて良いものなのかな?)


 温室育ちの王女様でも流石に王族の名前を冒険者登録に書くのはいかがなものかというのは理解している。


 ひとしきり登録用紙の前でユートが頭を悩ませていると勢いよく背後の扉が開き、半ば引きずられるように真紅の鎧が関所の男性職員と共に訪れた。


『まだ登録終わっていなかったのか?』


 既に終わったものと思っていたアルが自身も名前の欄が空欄の用紙を前にユートに訪ねる。


「だって、どう書いたら良いのかわからないんだもの」


『まあ、確かに……』


 ユートの言いたいことはアルにも分かる。滅んだとはいえ、一国の王女の名を使うのが得策ではないと。

 一向に進まない二人の筆に痺れを切らしたのは受付の女性職員だった。


「まだですか?名前なんて適当に書いてくれれば良いんですから」


 女性職員を関所から来た男性役人が睨みつけるとまずいと女性職員は慌てて受付カウンターの下に姿を隠す。


 アルレッキーノという名はもう使えない。ならばとアルが用紙に記した名前は【アルフォンサス】。


(アルフォンサス?)


 知らぬ名前に興味が湧いたのかユートがじっとアルの青い瞳を見つめる。アルが数度視線を反らしてもユートの追跡は終わらない。結果、根負けしたアルが話し始めた。


『こっちが親からもらった名前でアルレッキーノの方が通り名だ』


 少し離れたところで聞いていた男性役人の肩がビクリと跳ね、ユートの目が丸くなる。


「アルフォンサス。こっちも素敵な名前ね」


 そう微笑むとユートは用紙に【ユーストマ】とだけ記入した。


「アルがそうしたようにあたしもお父様とお母様から頂いた名前にしたわ」


 こうして用紙を書き終えた二人はなけなしの銀貨を支払い冒険者証という身分証を手に入れたのだった。




『手持ちの銀貨が使えたから良かったものの……』


「あたし達一文無しだわ」


 互いの名前の刻まれた黒曜石の板を首に下げ、二人は冒険者組合の前で途方に暮れていた。食事にありつこうにも宿に泊まろうにも先立つものが一切ないのだ。

 こんな夕刻から受けられる仕事は一番下の階級である黒曜石の冒険者には受けられず、収入を得ようとするなら日の出とともに出て日没までかかってやっとその日の食事にありつけるかどうか。


(昔は組合の酒場の端を間借りしてたな)


 勇者と言われるものにも駆け出しの頃はある。そんな昔を懐かしみつつも隣に立つ少女の身に不安を感じた。


(今まで野宿なんかしたことのないお姫様。ましてや最愛の家族を失った子供を硬い床でなんて寝かせられないよな)


 手っ取り早くお金を手にするならば……。


 ことの成り行きを見ていた男性役人が二人に声を掛けるより早く同時にアルとユートは役人に訪ねた。


「『この辺で武器宝飾品を扱っているところはどこ?」』


 二人の圧にたじろぎながらも役人はアルとユートに信用のおける武器屋と宝飾店の場所を教えると二人は「『ありがとう」』と一言礼を告げると一目散に役人を置いて駆けていった。そんな二人の後ろ姿を見送りながら「一晩くらいなら泊めたんだけどな」という役人の呟きは二人には聞こえていない。

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