第13話 葬送と旅立ち

座するものになくなった玉座の間はしんと静まり返り、耳に入るのは風に煽られた枯れ葉の舞う音だけ。


「ねぇ、アル」


 ユートの呼びかけにアルが振り返ると腰まであった長い彼女の銀糸のような美しい髪は肩口まで切り取られ右手に握られている。


『……ユート、その髪は』


 予想しなかった事態に言葉をつまらせるアルにユートは柔らかく微笑んだ。


「本当はお花を供えたかったんだけど、みんな枯れちゃったから。あたしがみんなに供えてあげれるものと言ったらこれくらいしかないから」


 そう言うとユートは玉座の上に髪を捧げ静かに膝をつき祈り始める。ユートが目を閉じると本来光の入らない玉座に天から一筋の光が落とされた。


 光を浴びると玉座に置かれた銀の髪がふわりと宙に舞い消失したのと同時に床から子どもの拳大の淡い光を放つ球体が次々とアルの脇を通り城の天井をすり抜け天に向かって昇っていく。


(この国の亡くなった人たちか……)


 非業の死を遂げたものはその無念から怨霊や不死人アンデッドになるがこの国の人々はユートの祈りによって安らかな死を迎えられ、その光景はアルには羨望の念を抱かせた。


『俺も一緒……』


 昇りゆく死者達の魂に思わずアルは手を伸ばし、言いかけた言葉は金の髪の女性の微笑みに遮られる。


『……アルメリア』


 女性はアルに微笑みかけるだけで言葉を発することはなかった。しかし、アルには彼女が言わんとしていることは伝わっている。


(分かったよ、アルメリア。努力は……してみる)


 真紅の鎧が苦笑いを返すと女性の姿はすーと景色に溶けていった。

 アルが玉座に視線を向けると2つの球体を抱きしめ涙をこぼすユートの姿があった。


「お父様、お母様、私はこの身が尽きるまで精一杯生きることを誓います。だから、空から見守っていてください。いつか、そちらに行ったときにはまた抱きしめてくださいね」


 ユートの言葉に頷くかのように球体は数度瞬くと2つの光の玉は手を取り合うように天へと昇っていった。


「待たせちゃったわね。さあ、行きましょう」


 涙を拭い笑顔で手を差し出す銀髪の少女に真紅の鎧の方が戸惑いを見せる。


『本当に良いのか?』


 鎧の問いに少女は「えぇ、ちゃんとお別れもしたから」と前に進む意志のこもった瞳を輝かせながら笑い返す。


『分かった』


 頷くとアルはユートの手を取るとそのまま肩に乗せ玉座の間を後にした。


 誰もいなくなった王城を後にした二人は森の中を当てもなく進んでいた。アルの肩の上にはちょこんとユートが座り高めの景色を楽しんでいる。


『なあ、ユート』


 少しばかり陰の籠った声でアルはユートに呼びかける。そんなアルの呼びかけにユートは笑顔で応えた。


「なあにアル?」


『俺は……いや、何でもない』


 笑顔で問われ、言い辛くなったのかアルは途中で言葉を止める。日の光に手をかざしながらユートはアルに聞かせるように独り言を呟いた。


「あたしはみんなの分まで生きて幸せにならなきゃいけないの。それがあたしを生かしてくれた人たちへの最大のお礼だから。あたしだけ生き残ってしまったって罪を感じることなんてしないわ」


『俺は……俺を庇って、父さんも母さんも死んだ。俺なんか構わず二人だけでも逃げていたら助かったんだ。それなのに。二人を殺した俺に生きる資格なんてないんだ』


 項垂れるアルの頭をユートは優しく抱きしめるとそっと耳元で囁いた。


「ねえ、アル、思い出して。貴方のお父さんとお母さんは最後に何て言ってた?」


『俺の両親は……』


 アルの脳内に惨劇の日が蘇る。

 突如、現れた魔物の群れにアルの住む小さな村は成す術もなく蹂躙された。多くの村人が魔物の牙や爪で引き裂かれ、村は血の海と化す。村のはずれのアルの家にも魔物は襲い掛かかってきた。妻と子を守るため父は斧を手に魔物の立ち向かい、母はアルの手を引いて村から離れようとした。

 村の水源の湖まで逃げ延びたと安堵したのもつかの間、どこからか現れた魔物が二人に襲い掛かる。ずらりと牙の並んだ大きな口が二人に噛みつこうとした瞬間、母はアルを湖に向かって突き飛ばした。

 湖に落ちるまでの僅かな間に見えた母の顔は微笑んでいた。


『二人は何も言わなかった。ただ……』


「ただ?」


『二人とも微笑んでいたよ』


「なら、答えはもうわかっているんじゃないの?」


 優し気に微笑むユートを前に眼帯に覆われていないアルの右目が瞬く。


『答えはずっと前に出てたんだな』


 深く息を吐くアルに「そうね」とユートは空を見上げながら応えた。


「色々、気持ちの整理とか時間はかかると思うけど、まずはご飯よね。お腹すいたー」


 切なそうに腹を押さえるユートにアルは思わず狼狽える。


『あ、すまない。自分が腹が減らないから忘れてた』


「それはあたしが言うからいいわ。この先にそれなりに大きい街があるはずだから、まずはそこに行きましょう」


『了解した』


 頷き、アルはユートの指示した方向へ走り出した。

 こうして始まった二人旅。二人の生きる旅はまだまだ続く。


 ー終わりー

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