第4話 海の掃除屋
灼熱の太陽。雲一つ無い晴天。素足を焼いてしまいそうな砂浜。そして、生命を育む青く広大な海。
数年前までは海水浴場として毎年の夏は人で賑わっていたが、今では立ち入り禁止区域となっている。そんな海水浴場に、大学生の男三人がやってきた。村田、森田、島田は大学で有名な三馬鹿だ。
「ここで泳ごうぜ」
「ここ立ち入り禁止区域なんじゃねぇの?」
「なんだよ島田、ここまで来てビビってんのかよ」
いやビビってねぇけど、と島田は反論する。
「女の子いないじゃん。来る必要あるのかよ」
村田は、力強く拳を握って熱弁する。
「誰も来ないからいいんだよ!実質プライベートビーチだぜ?馬鹿やり放題海の幸取り放題!気の知れた友人達しかいない海で広々と遊ぶなんてめったにない贅沢だぞ!?学生最後の夏休みなんだしいいじゃねぇか!海の家で焼きそばなんて金かかるしさ!なぁ森田」
村田に続くように森田が島田の肩に手を置く。
「あぁなった村田はもう止められない。ナンパはできないけど学生最後の夏休みだからさ、馬鹿やろうぜ」
「それもそうだな!」
島田は考えることをやめた。三人は海に駆け出した。そんな彼らを呼び止める声が聞こえた。
「君たち、ここは立ち入り禁止だよ」
しゃがれた声。声の主は曲がった背としわが深く刻まれた顔の老人だった。
村田が口を尖らせて文句を言う。
「ここ海水浴場だったんでしょ?このご時世だから入るなって言われても俺達三人しかいないじゃないですか、お爺さん」
老人は首を横に振った。
「ご時世関係無く立ち入り禁止されているんだよ。閉鎖されたのは、5年くらい前だよ」
森田が老人をじろりと睨みながら問う。
「じゃあなんで閉鎖されたんですか?」
「フナムシに食べられたからだよ」
三人は、目を白黒させていた。
「はあ?フナムシぃ?なんじゃそりゃ」
「フナムシって人様食わないですよ?下手な嘘で立ち入り禁止にして1人だけ海を楽しむつもりですかぁ?」
「アホらし。行こうぜ」
三人は好き勝手言って、老人の元を通り過ぎた。さっきまで人の良さそうな笑顔をした老人は、目をギョロリとして三人を睨み付けた。
太陽の熱をたっぷり含んだ砂浜を全速力で駆け抜け、海に飛び込む三人。
「いやっほぉぉう!」
「うげ、しょっぺぇ!海水飲んだ!」
「おかわりやるよ!」
「うらァ!」
海水を飲んだ森田に、島田と村田が水をバシャッとかける。森田は犬のように頭をふるって、反撃をした。
「なーにすんだよ、島村ァ!」
「俺達は安いファッションセンターかよ!!」
「やんのかァ?」
敵も味方も無くただ水を掛け合う。水飛沫が太陽に照らされてキラキラと輝いている。
しばらく水を掛け合った後、食事の為の役割分担をしていた。森田と島田は食料調達係、村田はバーベキュー用意係に別れた。
「俺潜って捕るわ。島田は釣りな」
「森田はせっかちだしな」
森田は、銛を右手に岩場から水面に飛び込んだ。息の続く限り獲物を狙う。ウニにタコにサザエにアワビなどを次々と捕っていった。バケツ一杯の獲物をどや顔で村田に突き付けた。
「どうよ。俺の素潜りテク」
「大漁じゃん!昔から泳ぎが上手いからな。そうだ、島田は?」
「島田はまだ釣ってる。今んとこ2、3匹魚釣ってた」
「それくらいならいんじゃね?呼んでこいよ」
あいよ、と森田は島田の元に向かった。島田はスポーツドリンクをグビグビ飲みながら釣りをしていた。
「おい島田、その辺にしないか?」
「ん、そうだな」
一気に飲み干して空になったペットボトルを、岩場に放り投げた。
「島田ゴミ捨ててやんの」
「スポドリが案外栄養になるかもな」
二人は笑い合いながら村田の元へ進んだ。
三人は、海の幸を並べて焼いたものに舌鼓を打つ。
「うっま」
「捕れたてピチピチだもんな」
「まだまだあるぞー」
魚は串に刺して、丸焼き。タコは足を切り落としてぶつ切りにして醤油をかけて焼く。
サザエとアワビは刺身。新鮮だからこそできるものだ。〆は焼きウニ。炭火の上にウニを置いて焼く。口から煙が出たら取り出して石に擦りつけてトゲを落としたら、殻を割って食べる。口の中が火傷しそうな熱さだったが、甘味と磯の香りが口内に広がって、まさに〆にふさわしいものになった。
食べ終わった残骸は海に沈んでいった。頭を残した魚の骨も、その体を穿った串も、貝の殻も、沈んでいったのだ。足を失ったタコは、海に還された。その様子を見ていた老人がぽつりとため息混じりにこぼす。
「あぁ、汚れてしまった。掃除をせんとなぁ」
その後も三人は遊んでいた。ビーチボールを弾きあったり、砂浜で走ったりしていた。
島田と村田は、森田を砂に埋めた。いわゆる砂風呂のように、頭だけを出して股間部分だけ立派にした状態で森田を置いて海で泳いでいた。
「お前ら、出してくれよー!」
森田の叫びは届かない。島田は浮き輪でプカプカと海を漂う。村田はクロールをして海を泳ぎ回っていた。
自力で砂風呂を抜け出した森田は、島田の姿が見えない事に気付く。
「おーい、島田ー!どこいったんだよあいつ」
水面から顔を出した村田が、大声で叫ぶ森田に声を掛けた。
「どうした森田!」
「島田がいないんだよ!村田も探してくんねぇか?」
「ったく、世話のやける野郎だよ。俺、こっち探すわ」
「じゃあ、反対側探す!」
彼らは二手に別れて、島田を探していた。遠くから見ても、水中を探しても、その姿は見つからなかった。
日が傾き太陽が波間に沈みかけている。村田の体に、何かがぶつかった。それは、穴の空いた島田の浮き輪だった。
「浮き輪があったぞ!」
村田は水中に潜り、島田の体を探す。見えにくくなりつつある水中で、息が切れる寸前の所で島田を見つけた。
一度水面から顔を出し、呼吸を整えてまた潜って島田を水中から引っ張り出す。意識の無い体は重いと聞いていたが、むしろ今までよりずっと軽く感じていた。
島田を水面に出して、砂浜に運ぶ。村田の体に、虫が這う感触がしてぞわりとした。自身の体を見ると、フナムシが這っていた。肩に担がれた島田を見て、反射的に砂浜に島田を投げ飛ばしてしまった。
「ぎゃあああああああ!」
村田の悲鳴を聞いて、森田は声のした方向に走り出した。
「どうしたんだ村田?!」
「し、島田の体から…!」
震える声で島田を指差す。そこには、目鼻や耳、口からフナムシが湧き出ている島田の姿があった。森田は何かに気づいたのか、あっ、と声を上げて後退りした。
「村田!?お前の体からも、フナムシが」
「え」
喉や耳に違和感はあった。だが緊急事にそんな事にかまっていられなかった。自分の体を這うフナムシは、村田自身の体からも出てきていた。
「あああああああああ!」
フナムシを湧かせて頭を掻きむしり全身で暴れ狂う村田の姿は、まるで見たことのない怪物のようだった。それに怯えた森田は、足をもつれさせながらも疾走した。
「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい」
もはや念仏のようにやばいを連呼しながらその場を逃げようとする森田。気付けば村田の悲鳴すら聞こえなくなったが、かまわず逃げる。だが、逃げるその足はどんどん重くなってきた。あまり走っていないはずなのに、運動音痴でもないはずなのに、すぐに体力が尽きてしまった。島田や村田の姿を思い出して、たまらず胃の中の内容物を砂浜にぶちまける。霞む視界から何かが動き出すものが見えた。ゴキブリにも似た動きのもの。それもまた、フナムシであった。
湧き出したフナムシは一斉に森田に群がって、森田の視界を覆い尽くした。
色々な情報でキャパオーバーを迎えた森田は、糸が切れたように意識を失った。
茜色の夕陽を映す海。そこは、潮の香りに混じった、すえた臭いがした。砂浜には、ぐちゃぐちゃとしたものがあった。
老人は、落ちているゴミを拾い終えてひと息ついた。
「やっと掃除が終わったよ。××××」
そのつぶやきは、潮騒にまぎれて消えた。
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