第3話 玉虫
某写真投稿サイトに、ある投稿があった。
「みてみて♡ハンドメイドのペンダント♡かわぃぃ♡」といった文章と共に写真が載っている。
その写真には、黒目がちな大きな瞳を上目遣いにして、首にかけたペンダントを見せつけていた。そのペンダントに、金色の縁に囲まれた、エメラルドグリーンの雫型の石があった。樹脂で出来ているようだが、その石はまるで、宝石のような輝きを放っていた。石をよく見ると、中央に一本の紫色の線がまっすぐ伸びて、まるで玉虫の羽のようだ。
投稿者は、ハンドメイドを趣味としているようだ。シーグラスや貝殻等を主に作っているようだ。
蛙と虫の鳴き声が響く、夜の田舎町。その中で、より緑に囲まれた一軒家。
「おぉ!凄い数のいいね来てる」
スマートフォンを片手にはしゃぐ女性は、りえぴよ。先程の投稿者だ。一重の細い目に吹出物の多い肌。そしてたるんだ顎に、着ている服が締め付けてボンレスハムのように見える体。写真の姿とは大違いだ。
「玉虫ってすっごいバエるんだぁ。家の近くでホイホイ取れるしもっと作ろっと」
趣味でやっているハンドメイド作品を写真投稿サイトに投稿して、それなりの収入を得ていたが、最近伸び悩んでいた。大抵は、シーグラスや貝殻等を加工して作っていたが、ライバルが多く次第に埋もれていった。
だがある日、玉虫を見かけたりりえぴよは、バズりに賭けて玉虫でハンドメイドをしてみた。初めてなので試行錯誤を繰り返し、一つのハンドメイドに何匹もの玉虫が犠牲となった。
そうしてできた玉虫のペンダントがなんとバズッたのだ。いいねの数は1000を軽く越えている。
「苦労して作った甲斐があったなぁ。よし、もっと作ろう」
次の日、塩分補給タブレットと水筒と虫籠と網を持ってりえぴよは出掛けた。
カンカン照りの太陽に、雲一つの無い青天。ジリジリ焼けてしまいそうな日射しとムワッとした熱気は、1日の暑さのピークを物語っている。
まさに玉虫捕獲日和だった。玉虫は午前11時頃から午後3時までが出現率が高い。その時を狙って捕りにいくようだ。
「あっついなぁもう。ウザいほど空が青い」
家の近くのエノキ林。そこに足を踏み入れると影になって多少涼しく感じた。
「ふぅ。ちょっと一休みしよ」
水筒には、麦茶と氷が入っている。キンキンに冷えた麦茶で喉を
暑さが和らぎ、茜色の西陽が眩しくなってきた頃。りえぴよは満足したのかエノキ林から出ていった。
虫籠の中は、緑一色になるほど玉虫で一杯になっていた。まるで牢獄にギュウギュウに押し込まれた囚人達のように、籠のなかでもがいている。
家に戻ると、手を洗ってヤカンで湯を沸かす。籠の中の囚人達の中には、その中で力尽きてしまう者もいた。
ヤカンから湯気が出て、中の音がグラグラと鳴っている。先程までヤカンの中で煮えたぎっていた湯を、器に入れる。その中に、生きた者も死んだ者も入れられた。
湯に浸けられ、柔らかくなった骸を手にとり、確認してから水気を拭いた。
りえぴよは幼少の時から昆虫標本を作った経験があるので、処理は手慣れていた。
羽を残さずもいでいく。ついでに銅にもにた輝きを放つ腹部も剥がしていく。
もがれたものは、材料箱に入れられて自室の机の中に仕舞われた。残った残骸は、外の庭に捨てられた。その夜、りえぴよは視線を感じたような気がしたが、きっと気のせいだと思っていた。
りえぴよは作業に打ち込んでいた。羽の一部や腹部を使って、ハート型のジュエリーを作っているようだ。作られたジュエリーは光の向きや強弱によって様々な輝きを放っていて、虹を宝石にしたようなものが出来た。
これらをイヤリングの金具に付けて、耳元で揺れるように細い金色のチェーンで繋がれている。
「今回ゎ、幸せを呼ぶ虹色イヤリング♡♡四つ葉のクローバー型だョ♡」
そんな文章と、画像加工アプリで原型を留めていないえりぴよがイヤリングを見せている画像が投稿された。
その投稿は、瞬く間に多くのいいねがつけられ、注文がついた。それに味をしめたりえぴよは、どんどん玉虫のアクセサリーを作った。ヘアピンやバレッタ、ピアスなどを作って投稿すればいいねと注文がつき、その月はハンドメイドをして一番多く収入を得た。
夏も終わりが近付き、日暮の鳴き声が目立ってきた頃。りえぴよがSNSの投稿を終えると、ガサリと小さな音がした。
音がした方向は、机の方。机の中にある材料箱を覗いたが、変化は無い。気のせいか、と思い箱を閉じた。
その箱の中で、玉虫の一部が蠢いていることに気付かずに。
りえぴよは、アクセサリーの作成とその内容の投稿を終えるとエゴサーチをしていた。
初めてのエゴサーチ。アクセサリーの賞賛。注文などの投稿が多く嬉しく思った。だがサーチの中には、不可解な投稿もあった。
「りえぴよの写真がヤバい」
「面白半分で買ってみた」
アンチだろうか、と気になって自身の投稿を別の端末で覗いてみると、信じられないものが写っていた。
これはペンダントの写真だが、顔と胴体が切り離されて、首だけ無くなったような画像になっている。たまらず他の写真を見てみると、両耳だけ切り離されたような写真や顔を斜めに切り落とされたような写真、そして首の無い写真があったのだ。
持っているスマホが床に落ち、りえぴよは床に手をついた。部屋は暑いはずなのに冷や汗が止まらない。刺さるような視線を感じて周りを見回すと何も無い。
力が抜けて床にへたりこむと、何か硬めのものを潰したような感触が右手に伝わった。恐る恐る右手を見ると、潰れて中身も出てグシャグシャの玉虫がいた。
「ヒエッ!」
おののき、手についた玉虫を払い後ずさると、机にぶつかる。ぶつかった勢いで出てきた引き出し。はっとして、材料箱を覗くが、玉虫の羽も腹部も無い。引き出しの中に散らばった痕跡もない。
引き出しを戻して振り返ると、猫ほどの大きさの巨大な玉虫がいた。その玉虫は、捕まえてきた玉虫よりもずっと輝きや色艶が妖しく美しい。恐怖で動けないのか、美しさ見入ってしまっているのか、にじりよってくる玉虫に声一つ上げることなくただ見ていた。
虹色の玉虫が去った。その部屋は虹色の羽を残して赤黒く染まっていた。
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