第2話 ゴのつくあいつ

ここは、ある場所を除いていたって平凡な住宅街。その中のコーヒーショップで、三人の奥様方がかしましく井戸端会議をしていた。子供の幼稚園での出来事や、誰かの陰口やゴシップなど、話に花が咲く。会話を続けていくうちに、近所のお話にシフトしていた。

「はあ、あのゴミ屋敷どうにかならないかしら。臭くって虫もこっちに出てきてたまらないわ」

「三キロ先のあのお宅でしょう?犬猫の多頭飼いしていたという」

「そこの家主さん、お亡くなりになったそうよ」

「あんな所ではいつぽっくりいってもおかしくないものね。生前でも厄介な人で意見を聞き入れてくれなかったのよ」

「やだわぁ、おっかない。というかよく意見言いに行けたわね。私は無理よ、あんな気持ちの悪い場所」

「あそこ、至るところに動物の排泄物があるのよ。どこからもハエやらウジやらあの虫も湧いてくるし。思い出しただけで吐きそうだわ」

「そうそう。その虫の話なのよ。あの人が死んだ原因の話」


これはその家主さんの義弟夫婦から聞いた話なんだけどね、ご家族の方や義弟夫婦が説得しても聞く耳を持ってくれなくてあの汚屋敷が片付くことなく月日が過ぎていったの。

多頭飼いをしていた犬猫の死骸の山からはゴのつくあの虫が湧いていたとか。

これだけでもとんでもないでしょう?…そうね。無責任に多頭で飼われて死んでいった犬猫が可哀想だわ。


話を戻すわね。3ヶ月ほど前に家主さんがおかしくなったらしいのよ。常にボソボソという話し声が聞こえているらしくて、「みんな私の陰口を叩いている。お前達家族もだ。もうここに来るな」とかなんとかいって毎日騒ぎ立てて、義弟夫婦にもご家族にも見放されたんですって。

家の中の様子はあんまり知りたくないけれど、家主さんが発狂して叫び回っていたのよ。殺されるとか言ってね。

言ってはナンだけど、統合失調症になってしまったのかもと思っていたそうよ。

思えばあの時の騒ぎ声は、また誰かと喧嘩しているのかと気にしていなかったけれど、そもそもご家族以外足を踏み入れられそうにないような場所に入る猛者なんていそうになかったわ。


あの騒ぎ声がピタリと止み、やがて物音もしなくなった頃に気になってやってきた義弟夫婦が家の中に入ると、家主さんの遺体があったの。遺体の耳からあの虫がぞろぞろと出てきたんですって。

調べると、なんと耳の中にあの虫の卵が入っていて、その中から孵化して脳やら耳の中やら食い荒らしていたんですって。

きっと、きっと耳の中の卵や中の虫がごそごそ動いている音が陰口をボソボソ叩いてるように聞こえたんだわ。


話が終わり、そのテーブルは数分の間沈黙に包まれた。そしてすぐ、奥様方は体を震わせながらお喋りに興じる。

「背筋が凍るわ!耳の中にあの虫の卵を産み付けられて幻聴で心身蝕まれるだなんて。」

「今の親父ギャグのせいで変に寒くなったわよ」

「あら、ごめんなさい。今の話を聞いて気持ち悪くなってきたわ。注文したガトーショコラ食べられるかしら」

「では私の苺ショートと交換しましょう」

「ありがとう」

「ところで、あのお屋敷の近くに住んでいらっしゃるけど大丈夫なの?」

「大丈夫よ。ただ、耳掻きしても耳の奥がなんかこそばゆいのよね。何かが入ってる感じがするのよ」

テーブルの空気が、凍りついた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る