怪奇・蟲物語
海宙麺
第1話 蟷螂
これは、とある動画投稿者の動画である。黒いマッシュルームヘアが印象的な、丸顔の青年が満面の笑みで写っている。
「どうもみなさんこんちゃー!イカマキです!今回はね、カマキリを年の数ほど食べてみたいと思います!」
この動画投稿者ことイカマキは、昆虫をテーマに色々な検証をする動画を取り扱っている。例えば、捕まえた虫を酒に溺れさせたり、食べてみたり、通販で買ってレビューしたりなど、虫に関する動画を99回ほど上げていた。その再生数やチャンネル登録者数はそこそこ。
今回の動画は、丁度100回目。100回目記念にイカマキ自身が好きだという虫、カマキリを食べる動画を投稿したのだ。カマキリは一匹だけではなく、雄も雌も大量に捕らえられており、その数は20を越えていた。
「こちら、素揚げしたカマキリになります!きれいに揚がりましたねぇ。では、いただきまーす!」
パリッモシャモシャと音を立てて、素揚げカマキリを咀嚼した。スナック感覚でバクバクと食べていた。
「結構いけますね。おいしいです!カリッとしてて香ばしい。カマキリさん、ごちそうさまでした。皆さんは真似しないでくださいね!それではまた来週!バイバイ」
動画の時間は4分ほど。SNSに動画の通知もあった。
それから一週間後のこと。イカマキは動画の企画に頭を悩ませていた。食べてみた動画に虫を使った実験動画など、どんな虫を題材にして動画を上げようか、思考を纏めるために散歩に出掛けていた。
当てもなく、ぶらぶらと歩いていると。壮年の男にけたたましく怒鳴られた。
「君!そこで何をしているんだ!!」
イカマキは、ぎょっとした。ひやりと感じた足元には、ぬるりとした感触。彼は、公園の池に両足を突っ込んでいたのだ。鯉などが泳いでいる池には、緑の苔がびっしりと着いていた。
「え!?はい、すみません」
壮年の男に頭を下げ、池からそそくさと出ていった。ズブズブに濡れた靴には苔がまとわりついていた。
「靴買ったばっかりなのに」
イカマキは、なぜあんな事をしたのか自分でも分からなかった。昨晩は編集で寝不足だったからだと、そう割り切った。
また数日後、イカマキは友人と遊びにカラオケに集まっていた。二人の友人は、イカマキとちょくちょく会っていた。
そんな友人が、イカマキを見て言った。
「お前、なんか痩せてね?」
「そうか?変わりないと思うけど」
「いや、俺も少し痩せて見える。ちゃんと飯食ってんのか?」
「山下まで…ちゃんと食べてるよ。一日三食、レトルトで」
「ちゃんと食ってねぇじゃねぇか」
他愛ないことで馬鹿騒ぎして、カラオケで飲んで食って歌って三人は別れた。
カラオケ店をでると、サウナのような熱気が包む。蝉の鳴き声が、日射しの効果音のように陽炎の立つ街路に響く。
「あっついなぁ。早く帰ろ」
暑い街路を歩く度、汗が流れる。体内の水分も体力も、汗と共に持っていかれる。暑さで頭に血が上り、ふらついた足取りで何処かへ向かう。
腰が冷たくなったところで、イカマキの意識は鮮明になり、辺りを見回した。尻やふくらはぎにゴツゴツとしたものが当たっている。腰回りに、圧力を感じる。どうやら、川の浅い所で腰かけていたようだ。
「嘘だろ。無意識にここに腰かけていたっていうのか?」
いくら無意識とはいえ、不自然さを感じていた。イカマキの住む町には大きな川がある。カラオケのある場所から川まで、距離は遠い。家に帰るより長い距離にある川に、無意識にそこまで行けるとは思えない。そもそも、ここにたどり着けたのだろうか。
震えたのは、寒さか。それとも、違うものなのか。暑いはずなのに背筋が冷たくなって、駆け足で家に帰った。
「どうもみなさんこんちゃー!イカマキです!今回はね、某アーケードゲームをリアルでしたらどうなるかの検証です!」
イカマキは、カブトムシとノコギリクワガタを並べて戦わせていた。角が、顎が、互いに向かい合って交差し、ぶつかり合う。そんな動画を投稿して数日後、動画のコメント欄にこんなコメントが載っていた。
「イカマキさん何か前より痩せた?夏バテしたのかな?」
「何だかやつれているように見えます。大丈夫ですか?」
「目がギョロっとしてて何か怖い」
使用しているSNSにも同様のコメントが投稿されていた。ふと気になって、おもむろにここ1ヶ月投稿してきた動画を見比べてみる。
1ヶ月前と比べて、明らかに痩せている。イカマキは普通の体型であったが、今のイカマキは顔が痩せこけ、手足も骨が浮き出るほど痩せていた。痩せこけた頬の上の目は飛び出ているようにくっきりと浮かび、まるでカマキリのようだった。1ヶ月でここまで減量できるのは、明らかに不自然だ。
イカマキは、服を脱いで脱衣場に走る。大きな鏡を見ると、骨と皮しか無い手足、浮いたあばらによりぽっこりとした下腹部が目立つカマキリを人間にしたような体の男が写っていた。
「そんな、嘘だろ」
イカマキは、糸が切れたかのように意識を手放した。
潮の匂い。足場はまるで無く、体は沈んでいく。喉や鼻に入っている水が塩辛い。
「ガッ!?もがもが、ゴボッ!?」
イカマキは、水面から顔を出し呼吸を確保しようともがく。だが、もがけばもがくほど沈んで、冷たい海に体力を奪われていく。抵抗する力も無くなり、やがて沈んでいった。
イカマキの口から、黒くて細長いものが数本出ていく。口だけでなく、耳から、鼻孔から、肛門からもにゅるにゅると出ていく。黒く細長いものは、直径にして三十センチほどの長さ。海面に黒いものがにょろにょろと浮かび、出ていく。
黒いものが出ていった後は、海面に肌色の萎んだ何かが漂っていた。
それ以降、動画もSNSも更新されることはなかった。
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