Re:memory colors

一粒の角砂糖

上にも下にも陸地がない空。

彼女達は浮かんでいる。

雲ひとつ無い空だ。

でもその空に色はない。

あるのは不気味に浮かぶ色を放った球体のみ。

そんな不思議な場所に風が吹く。


「まだまだあるね。」


ぽつりと呟く。

この世界に貴重な色を持つ者が髪の毛を揺らす。

揺れた赤髪の先端が、もう一人の腕に当たっている。


「そうだね。」


青髪の少女が切なく返事を返す。

赤髪の低身長の女の子を片手で抱き寄せた。


「……あれから何日?私はもう分からない。」


彼女は泣きそうになりながら、途方も無い質問をする。残念ながらそれに答えれるほどこの問の正解は小さい数字ではない。


「私もだよ。」と屈んで目を合わせて高身長の女性が頭を撫でた。


ご主人様マスターはまだ……?」


溢れそうな涙を堪えて空に浮かぶ色に顔を向ける。


「私たちのことを待っているのよ。」


ハンカチで拭う。


ご主人様マスターは私たちに託した。この世界の『色』を。」


そう言いながら立ち上がり、浮かんでいる色を放った何かをじっと睨む。


「でもおねーちゃん。私達の地球は、色を吸い取られて……『はくしょくか』?したんでしょ?」


「そうだね。この地球は……人間が『白色化』させた。……ここにあるのはその残骸。」


『白色化』

過去の人類。色のあった世界を消し去った物。彩り溢れていた空も陸も彼ら自身も。全て消し去られた世界の成れの果て。


「……それが起きる前。私たちはご主人様マスターにあの方が持つ色を託された……。その力。それで私たちは戦ってきた。」


グッと拳を力強く握ると、肌色の手から青色のオーラが水に入れた絵の具のように滲み出る。それはやがて小さな球体となった。

「よいしょ。」とそれを赤髪の女の子が手に取ると、吸い込まれるようにして全身を駆け巡る。シャボン玉のように青色の球体が割れた時、僅かに髪が先程よりも濃い色に染まる。


「……世界中の色をこうして回収する。それが私達。」


「でももうおねーちゃん。私たちたくさん色を集めたよ?」


両手をお椀のようにして前に出してみせると、ボワッと衝撃波が出た。その後にとてつもない量の色がオーラとなって少女の手から湧き出る。全ての色を出しきった彼女が手を下ろすと、空中に巨大な球体が作られた。

様々な色が混ざって出来た黒い人間の欲のような色。それ彼女らに影を落とすほど大きい。だが、周りに浮かんでる球体の大きさにはとても適わない。

「しまいなさい。」と一言呟くと黒い物体は「はーい。」という可愛らしい声の後、破裂し霧状になって元いた女の子の体内へと帰る。


「それじゃあ足りない。まだまだ私たちは戦い続けなきゃいけない。」


「まだ変な色の化け物と戦うの?」


イメージをしたのか、赤色の頭から出た霧が喰種のような化け物のように象られ、実体となって赤黒の状態で目の前に浮かぶ。


「そうだ……ね。まだまだそいつらを倒さなくちゃいけない。私たちの記憶が消えないうちに。」


目の前に浮かぶ色の塊に拳を入れる。実体化していた化け物は吹き飛んだ後、彼女の腕に色を吸い込まれ、塵となった。


「私たちの記憶からご主人様マスター作っちゃおうよ!そうすればもう戦わないでも良くなるんじゃない!?」


キャッキャと笑顔になってまだ吸収しきれていない色が渦巻いた腕を嬉しそうに揺する。揺すられた本人は悲しそうにしている。


「あれ……あれ?上手くいかない。」


困惑しながらも「んーっ」と手に前に伸ばし、力を入れて色ひねり出そうとしている女の子の手を掴んで降ろさせる。


「思入れあるものほど、実体化させるのは難しいんだ。だから私たちが記憶の中から消えないようにしてるうちはとてもじゃないけど、とても大きな色が必要なんだよ。」


悲しそうにこの世界の理を呟く。

「そんなものは過去に試した。」と言葉には出さなかったがそれは伝えねばならなかった。


「それじゃあご主人様マスターのこと私達忘れちゃうの?やだよ……。」


泣き始めた女の子の大きな目から涙が流れる。

流れる涙が落ちる場所はない。肌から離れれば最後、透明な涙は居場所を失い、永遠に空を彷徨う。そんな涙のように居場所がない彼女らはただただ色のある物を吸収し続け、人類の再建というとても大きな無謀な任務を背負う。


「覚えてないと別のものができちゃうから覚えてるうちに、この世界を治さなきゃね。」


遠くを見上げる。全てを記憶できるわけが無い。そんなことは分かっている。正確にこの世界が戻って来るなんて考えてはいない。この体でありながら投げ出してしまいたいと思ってしまう。だが、それでもやらなければいけない。


「……この世界を……この力でいなくなった人たちをこれで助けていいの……?」


透明の風に揺れるワンピースに顔を埋めながら泣き止んだ彼女は言う。まだ垂らしていた透明な鼻水がワンピースにシミをつけた。


「……。」



その通りだった。


人類はこの色の力に溺れた。

彼女らの言うご主人様マスターも例に漏れずそうだった。人類は色を集めて、それを新たなエネルギーとして使い、思い上がった。それにより数は少ないが彼女らのような色を使った兵器もできた。そして色を集め使い回していくと、地球は汚染され、色は消えていった。

消えてしまった部分から白色化がちらほらと進み始めた頃。人類は色の収集をやめた。

しかし、既に彼らに残された道は無かった。色は暴走を始め、全世界の全てを吸いあげようとした。陸は剥がれて、空は落ちた。海は宙を渦巻くように吸い込まれた。無重力空間になった地球で建物はバラバラに崩れ、地表ごと吸収された。暴走を続けた各色は宙に浮かぶ球体となり、その中で化け物を構えて自分らを守ろうと自我を持ち始めていた。

そんななか彼女らにご主人様と呼ばれるマスターは密かに隠し集めていた色を彼女達に全て注ぎ込んだ。最後に彼女達が崩壊に巻き込まれぬようにと自分自身の色で2人を包んで球体化させた後、色を無くして空に吸い込まれた。

次に彼女らが目覚めた時はこの空だった。


だから浮かんだ疑問に返す言葉がない。

この力で色を元に戻しても人類はまた色に溺れるのではないか。だがしかし、それでも。この澄み渡りすぎている空で。


「それでも助けないと。助けなきゃ私たちはこのままここでさまよって…… ご主人様マスターにも怒られちゃう。」


優しく手で頭を撫でつつ、目で空にある球体をキッと睨みつける。


「そうだね……きっと助けたあとにもご主人様マスターが何かきっと……考えてくれてるよね。」


ああ。そうだ。思い出した。

彼は「色に頼る世界を終わらせる。」と言っていた。ならやるべき事は決まっている。

私達が、この世界の唯一の色なら。力なら。

人類を託されたなら。


ご主人様マスターの最後の希望であるのなら。


「……そうだね。あの人は私達のご主人様マスターだから。何かあるよね……。よし!それじゃあ……今日もやれる?」


笑みを向ける。

赤髪の女の子も笑みを返すだろう。


「うんっ!」


「『私達で色のない世界を終わらすEnd the colorless world』。」


赤と青の光線が刹那に色の無い世界を切り裂くと同時に目の前の緑色の球体で紫色の爆発が起きる。穴の空いた場所に飛び込むように二人は勢い良く空を駆ける。

彼女らが完全に人類を取り戻すまでにあとどれくらいかかるだろう。果てしない時間の流れの中それでも尚色のある世界を記憶し続け、色を求めて戦い続ける。自分らにできることはそれしかないと。獣の断末魔が聞こえた後、無色な空から緑色の球体が霧になって消えた。


彼女達は記憶を無色から有色にする。


地球最後の色発戦機color autonomic nerve

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