第271話バレンタイン企画チョコ作り対決2
「材料問題ないね? 細かな時間制限はないけど、まぁ冷やす時間を抜いて一時間ちょいまでには仕上げてねー」
必要な材料を書いた紙をスタッフさんに渡すと、買い出し係さんがショップに待機していたのか、ものの十分くらいで各々の材料は揃った。
「それじゃあ――チョコ作り始め!」
晴先輩の掛け声に合わせて、早速最下位組が揃って動き出す。
4人が同時に調理をしても手狭に感じない程広いキッチンなのがありがたい。えっと、まずはこれをボウルに移してー。
材料を記入していた時に頭の中で立てたプラン通りに進めていると、晴先輩が覗いてきた。手にはスマホを持ち、カメラを起動しているようだった。なぜだか聞くと、撮った写真を定期的に配信画面に載せることで経過をリスナーさんに報告するらしい。
「それにしてもあれですねー」
「んー?」
最初こそ緊張があり言葉数が少なかったが、数分も経てば慣れてきたので、調理の片手間にこちらから晴先輩に話しかける。
「対決って聞いて少しビビりましたけど、思ったより平和な企画ですよね。てっきり罰ゲームでもやらされるのかと」
「誰も罰ゲームなんて言ってなかったでしょ?」
「それはそうですけど……」
「ちなみにこれ公式の企画だから当然皆に報酬も出るからね」
「最下位とは思えない待遇!」
「事前に最下位の人達を特別な企画にご招待って言ったでしょ? なんも嘘ついてない!」
「なるほど……つまり私達は最下位でも敗者ではなかったわけですか」
「ちなみに一番美味しかった人のチョコは数量限定で作り方を再現しての商品化が予定されてるから」
「「「「え!?」」」」
話していた私以外も思わず振り向いて驚きの声をあげた。
「実は元々全員分のコンセプトのバレンタインチョコを作ろうかって案があったんだけど、ちょっと食品系は売った前例がないからぶっつけ本番は怖くてな……来年のバレンタインは全員分やりたいって思ってるから、今年はその実験でもあるんだよ。でもただ試すだけじゃつまらないから、今回の企画を開くことになったわけだ」
そんな経緯が……やばい、また緊張してきた……。
他の皆はなにを作っているのだろうか? 気になりちょっと様子を確認してみる。
……あれ?
皆せっせと手を動かしている中、ただ1人ダガーちゃんだけが手元の材料を見ながらうーんとなにか悩んでいた。
大丈夫かな? 私も自分の調理があるけど、こういう企画慣れてないだろうし、先輩としてサポートしてあげよう。
ルール的に調理法のアドバイスはできないが、会話で緊張を解くくらいなら出来るかな。
「ダガーちゃんはなにを作るんですか?」
「いやなー師匠。かっこよく本格的なビターチョコを作りたいんだけど、このカカオ豆をどう溶かすべきか悩んでてな……」
「……カカオ豆を溶かす?」
言われた意味が分からずダガーちゃんの近くにまで寄って手に持っている材料を見せてもらうと、それは本当にカカオ豆であった。アーモンドみたいなあれだ。
これを……溶かす? 飾り付けに使うのならまだ分かるが溶かすってなんだ?
「……ちなみに、他の材料ってなにがあるんですか?」
「へ? これだけだけど」
「……え?」
ダガーちゃんがそう言った瞬間、ライバーどころかスタッフさんなども含めたその場に居たほぼ全ての人達の注目を集めた。
そして最初は驚きだった皆の表情は無言の時間が流れる度に変貌していき、そして最終的には――
『――嘘だろお前――』
皆の表情は切実にそう告げていた。ただ1人、ダガーちゃんの材料調達係だったスタッフさんだけど全てを諦めたような笑みを浮かべている。
「え、あれ? み、みんなー? そんな顔してどうしたの? ……あ、あれ? 俺、なんかまずっちゃった?」
明らかな空気の変化を感じ取って、徐々に狼狽え始めるダガーちゃん。
師匠として、私は静寂を破り、弟子へと語り掛ける。アドバイスは禁止だが、流石にこの状況ではツッコミみたいなものだしセーフだろう。
「ダガーちゃん……一応聞きますけど、チョコレートはないんですか?」
「いや、だからここにカカオが……ビターチョコってカカオ豆をそのまま溶かして固めたものじゃないの?」
「ダガーちゃん、確かにチョコレートの原料はカカオ豆です。でもね、そこから本当に大変な手間をかけてチョコレートは作られているんですよ」
「ぇ……じゃ、じゃあ豆だけじゃチョコって出来ないの?」
「一応近いものは出来ます、でも少なくとも1時間じゃ似たものすらできないかと」
「ミルクじゃなくてビターだよ?」
「大して変わりません。あと、たとえ何とか粉砕してチョコに近づけることが出来たとしても、大量に砂糖でも入れない限りビターなんてレベルじゃない苦さで美味しくないです」
……………………。
「ぃ」
「い?」
「いっけねー記憶喪失なとこ出ちゃったなー! 記憶喪失だからチョコの作り方とか覚えてなかったわー! あっちゃー! やっちゃったなー! そっかーそうだったのかー! うんうん! そういえばそうだった気もしてきたわー!」
それは、見事なまでの半泣きであった。
「……あわっち、やばいかも」
「どうしました晴先輩?」
「今のナイフちゃんの情けない姿見てると……めっちゃ興奮してきた、変なドアを開いちゃいそう」
「晴先輩、知らないんですか?」
「な、なにを?」
「ロリの涙目震え声でしか摂取できない栄養があるんですよ」
「あわっちのもう手遅れの顔を見て、私はドアを開くのを踏み留まることが出来たのであった」
コメント
:wwwwwww
:バレンタインにカカオ豆を渡してくるヤベーやつ
:義理チョコならぬギリ(ギリ)チョコってな
:はいこれチョコ! 言っとくけどギリだから! (義理とギリを)勘違いしないでよね!
:そんなものそもそも渡すな!
:ギリギリすら怪しいぞこれ
:あれ? 他に材料無いならこれ詰んでね?
:スタッフにカカオ豆パシらせて報酬貰って帰る新人現る
:初めて記憶喪失を信じそうになった瞬間である
「うわあああぁぁん!! そもそも苦いの苦手なのにかっこつけて変なことしてごめんなさいいいいいいいぃぃぃ!!!!」
その後、せめて少しでも豆を食べられる状態にしようと特別アドバイスを貰い、せっせと豆をフライパンで炒り始めたダガーちゃんなのであった。
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