第270話バレンタイン企画チョコ作り対決1
「バレンタインチョコ作り対決! ここに開幕ぅぅぅ!!」
まるで料理番組に使われるかのような豪勢なキッチンを背にそう宣言した晴先輩を、私、ネコマ先輩、エーライちゃん、ダガーちゃんの4人は呆然と眺めていた。
ある日、『ライブオンじゃんけん大会』という企画がネット上で開かれた。
本当にただライブオンのライバーがじゃんけんをするだけであり、その様子を配信することもなかったし、変わった点と言えば晴先輩のみしかいない一期生を除く各期生で別けられての勝負であったくらい。ただじゃんけんをしてその結果がネットで報告される、それだけの地味な企画。
だが、私たちはこの勝負に普段は珍しいくらい本気で挑んでいた。
その訳は企画説明ページに書かれたこの一文。
『各期生で最下位になった人は特別な企画にご招待!!』
よりにもよって『最下位』の人を『特別な企画』に『ご招待』――猛烈に嫌な予感しかしない。
恐らくこの文面を見た全てのライバーが『よく分からんけど負けられないのは分かった』、そう思っただろう。
その日から私は修行の旅に出た。配信を開きリスナーさんとも協力し、どうしたら最もじゃんけんに勝てるかを徹底的に研究した。
たかがじゃんけんされどじゃんけん――対戦相手となる各同期の性格の分析から導き出した読み、かたったーでの発信を利用したブラフ、そして終いにはメンタリズム。
「シュワちゃんを思い浮かべてください。ストゼロですね? これがメンタリズムです」
コメント
:おお!?!?
:まじか、おいまじかよ!
:心が――読まれただと――
:土足で、人の心に入るな!
:これもうア〇ニャじゃん!
:ア〇ニャストゼロが好き!
そしていざ決戦の日――修行の成果、勝ちたい想い、リスナーさんとの絆、全てを己の拳に乗せ、幾多の勝負の末、私に企画の招待状が届いたわけである。
全敗であった。
招待状に書かれていた指定の住所に行かう。事前に結構な長丁場になるとだけ知らされていた。専用の会場で長丁場、明らかに並みの規模じゃない……。
まず受付を済ましてライバー用待機室に行くと、そこには見たことのない人が居た。五期生以外は既にオフでも顔見知りの為、この子が五期生の最下位枠であったダガーちゃんだと察した。
流石にアバター程ではないもののちんまくてかわいらしい人だ。私を前にガチガチに緊張していたので、出来る限り優しくこちらから声を掛けてあげた。
「初めまして! 心音淡雪こと田中雪です!」
「は、ははははは初めまして! 五期生の
「ダガーちゃん! まさか記憶が!?」
「ダガーと申します!!」
「いい子いい子」
その後、ネコマ先輩とエーライちゃんも無事到着した。
そして、ダガーちゃんの緊張がある程度解ける程打ち解けたところでそれぞれのマネージャーさん(私の場合は鈴木さんだ)がやってきて、そろそろ時間なので会場に案内しますと私達に告げた。
てくてくとマネージャーさん達の後ろを付いていく。恐ろしいことにここまで来ても企画の説明一切無しである。最下位だったからにはなにか罰ゲームでもあるのだろうと皆揃って予想しているので、足取りが重いったら仕方ない。
そして案内された会場に広がっていたのは――それはそれは立派なキッチンスタジオであった。
「お、来たね! 待ってたよー」
せっせとスタッフに交じり現場の準備を手伝っていた晴先輩がこちらに気づく。
「早速だけどもうすぐ配信回しちゃうから、そっちも準備よろしく!」
「「「「え!?」」」」
ほぼ開口一番にそう言われて驚いたが、私、ネコマ先輩、エーライちゃんの3人はすぐに調子を配信モードに切り替える。配信という単語を聞かされた瞬間からライバー状態、もう職業病のようなものだ。ダガーちゃんも一歩遅れて準備を進める。
そして全ての準備が終わったところで、配信の枠が始まり――
――そして冒頭のシーンへと繋がる訳だ。
「企画説明! ここに先日開かれたじゃんけん大会で各期生最下位になった選ばれしライバーが揃っています! 事前情報無しで集められた彼女達にはここで手作りのチョコを作ってもらい、審査員の私こと朝霧晴がそれを審査します! ちょっと早めのバレンタイン企画というわけさ!」
コメント
:始まった!
:おお! そういう感じか!
:ええやん!
:特別企画と聞いて
:思ったよりまともで驚いてるのは俺だけか?
呆然とし過ぎてまともにリアクションを取ることすら出来ない。
私がこうなった理由――それは、勿論突然チョコを作ってと言われた困惑も少なからずあるが、それ以上に――え、それだけでいいの? という困惑が強かった。
これこそ職業病なのかもしれないが、最下位でしかもここはライブオンである以上、阿鼻叫喚必至な企画にぶち込まれるかと思っていたのだが……対決とか言ってるけどつまりこれって皆でほのぼの仲良くチョコ作ろうねってことだよね?
他の3人も私と似たような心境なのかリアクションに困っている。
「ふっふっふ、まぁ勿論それだけだとつまらないので!」
あっ、どうやら困る必要は無さそうである(絶望)。
「今から4人には紙を渡すので、それに必要な材料を書いて貰います、相談などは禁止で制限時間は10分! 書いてくれた材料はスタッフが今から全速力で揃えてくるので、その材料のみを使ってチョコを自作してね! ちなみに『スマホ等の情報源を見ることは一切禁じます』!」
……あぁ、なるほどそういうことか。
結局のところ、これってつまり。
「さぁ、ここに集まったライバーはレシピ等一切無しでどこまでおいしいチョコを作れるかな?」
本当に今の時点での知識量で勝負が始まってるってことか――
「注意事項として、チョコを溶かして固めただけとかの手抜きは手作りと認めません! あと、出来る限りスタッフを気遣って揃えやすい材料で作ってね。必要な調理器具とかはびっくりするほど揃ってるからそこは心配いらないよ、流石キッチンスタジオ!」
純粋な今までの人生のお菓子作り経験値が試されるわけだな。
全員がゴクリと息を呑む。
「それじゃあ……楽しくメルヘンなチョコ作りを始めましょー!」
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