第86話彩ましろより推しの親友へ

「よし、そろそろ寝ようかあわちゃん」

「そうですね」


お風呂を上がり既に配信も終了した為、もう今日は寝るだけだ。

いやぁそれにしてもまぁ盛り上がった配信だった、どうやらかたったーのトレンドもかなり上位に昇ったようだ。

良い仕事ができた後だから気持ちよく眠れそうだ、ましろんの隣に行き私も寝ることにしよう。

うん、もうね、なんかお風呂の時点で予想出来てたけど当たり前のように一緒に寝ることになったよね。

もう混乱してても仕方ないから楽しむことにしたよ、うん。今日は神様がくれたご褒美の吉日だと思うことにしよう。

同衾だぜヒャッハー!!


「どう? あわちゃん寝れそう?」

「ん~……正直微妙です」

「ん、なんで~?」

「すぐそばに小悪魔さんがいるからですよ~」

「ありゃりゃ、それは大変だ。でも僕は結構眠いかもー。今日はちょっとはしゃいじゃった」

「確かに今日のましろんは終始楽しそうでしたね。自宅に招いた以上楽しんでいただけたのなら安心しました」

「……もしもちょっとやりすぎたかもならごめんね?」

「いえいえ、なんだかんだ私も楽しかったですよ。でもどうしたんですか? 県外に出たので旅行テンションみたいな感じです?」

「んー……こっから寝言!」

「はい?」

「いいかい、こっからは全て寝言なのです。なので変なこと言ってるなこいつとでも思いながら聞いてください」

「は、はぁ」


そういうとましろんは布団の奥まで潜り込み、私から顔を隠した状態になった。

なんだなんだ? さっぱり意図が読めないのだが?

だが頭上に?を浮かべた私を置き去りにして、ましろんは淡々と本人曰く『寝言』を語り始めた。


「僕ね、デビューからずっとあわちゃんのこと見てきたつもり」


それは、とてもとても、まるで雪の寒さから守ってくれるマフラーのような優しい声色で始まった。


「当時のあわちゃんは、いや、今もかな、言っちゃあれだけど器用じゃなかった。必死になって何かネタを見つけてきては毎日配信して、その度に心が擦り減ってるように僕には見えた」

「……はい」

「僕は頑張ってる子が好き。そういう人が報われてほしいと思ってるし、そういう世の中であってほしいと常に願ってる、はっきり言えばそういう子が推しなんだよ僕。だからそんなあわちゃんのことをずっと応援してた。きっとこれは淡雪のママだとかは関係なく、ただ一人のファンとして応援してた」


静かに紡がれていく言の葉たち、その葉一枚一枚には確かにましろんの心の熱が籠っている。

自然と私は目を閉じて、一つの音も逃さないよう、全てを受け止めようとした。


「焦り、不安、失意、きっと色んな感情があったんだと思う。初期からずっと見てきて悩みの相談とかも受けてた僕は気づいた。あわちゃんは配信を楽しむことができてないんだなって」


当時の情景が脳裏にフラッシュバックする。

大きく周りから人気に差をつけられて、なんとかしなければという思いに心を侵食され、それ以外のことを考えることが出来なくなっていた当時の私が閉じた瞼の裏に映る。

でも今の私はその光景を見てマイナスな感情を持つことはなかった。感じたのは『懐かしい』や『あの頃は迷走してたなー』などといった回顧の感情。思い出し笑いすらしてしまいそうになった。

きっとそれは――私が自分自身を受け入れることができたからだ。


「でも例の配信切り忘れから一気に変化が生じた。日に日にあわちゃんの声が明るくなっていった。笑うことも増えた。そして今日、直接会って確信した。自分で気づいてるかもしれないけど、配信中もそうじゃないときもあわちゃん生き生きしてた、楽しそうだった。だからね、僕もなんだかうれしくなってきちゃって……あははっ、ちょっとはしゃぎすぎちゃった、柄にもなくて恥ずかしい」

「ましろん……」

「良かった……本当に良かった……」


当時は勝手に私は孤独なんて感じてた。皆が雲の上にいるように感じて。

でも今では思い返すたびに傍に居てくれる人がいた。同期や先輩やマネージャーさん、そして今私の為に声を震わせて喜んでくれている親友。

特に目立つ学生でも無かった。就職先は真っ黒で口癖が「すみません」だった。でも私は幸せ者だよ、今かけがえのない人たちとかけがえのない時間を過ごしているのだから。


「おめでとうあわちゃん、ずっと応援してたよ。そしてこれからも応援してる、心音淡雪のファン第一号としてね。そして一緒に切磋琢磨しながらVTuber界を盛り上げていこう、これは彩ましろとして、ね」

「ありがとうましろん、今までも、そしてきっとこれからも」

「大好きだよ、あわちゃん」

「はい、私も大好きです」


お互いの手が磁石のように引かれあい、優しく、でも決して離れないように繋がれる。

さっきは眠れそうじゃないといったが、不思議と今にも暖かな感情に包まれて眠ってしまいそうだ。


「おやすみ、あわちゃん」

「おやすみなさい、ましろん」


今夜は良い夢が見られそうだ――




「忘れ物ないです?」

「うん、ばっちり! それじゃあそろそろ行きますかね」

「気を付けて、また来てくださいね」

「うん、またね」


眠りから目が覚めた後、私たちはいつもと大して変わらないやりとりを交わし、昼頃になったところでましろんが帰宅することになった。

話の締め方がいかにもましろんらしいなと思いながら、小さくなっていく背中を見送る。

そして見えなくなり家の中に戻った私は――


「よし! 今日も頑張りますか!」


力強くそう言ったのだった――

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