第15話事務所にて

「淡雪の新しい立ち絵の件、もう完成したみたいですよ」

「あ、そうなんですね、流石ましろん仕事が早い……」


今日私は東京都内の某所にあるライブオン本社の事務所に、マネージャーの鈴木さんとの打ち合わせの為訪れていた。

基本的に移動などが面倒なこともあって普段の打ち合わせは電話で行うことが多いのだが、ライブオンの方針として遠方に住んでいるとかではない限り月1回程度はマネージャーと直に顔を合わせることが推奨されている。

雰囲気も全く堅いものではなく、あくまでライバーとマネージャーの間で円滑なコミュニケーションをとれるようにとの思いで用意された場だ。

移動などもろもろに掛かるお金は全て会社の経費で落としてくれるので、貧乏人の私も安心して来ることができる。

むしろ鈴木さんは毎回とても普段は行けないお値段の食事を奢ってもらえるので、うきうきに感じてしまうのは余りに貧乏性だろうか……


「あれ? うれしくないです?」


今はましろんが前から描いてくれていた新立ち絵について話していたのだが、どうやら新立ち絵に対する少し微妙な感情が顔に出てしまっていたようだ。


「いや、立ち絵が増えることは勿論嬉しいんですけど……」

「ははっ、まだ完全には割り切れてないですか? 完成したモデル貰ってますのでお見せしますね」

「はい……」


鈴木さんが開いていたノートPCの画面をこちらに向けてくれる。

そこに写っていたのは前にましろんに見せてらったラフ絵の通り、だるだるのTシャツ一枚にショートパンツだけを身にまとい、手にはストゼロのロング缶、顔は酔いで赤く染まっている淡雪の姿。

しかも完成品には追加でTシャツの正面に大きく『i❤ストゼロ』の文字が縦に描かれていた。


「とても前までの淡雪には想像もつかなかった姿ですねぇ」


思わず苦笑いしてしまう。


「良いではないですか、とても可愛く描かれていると思いますよ」

「まぁ確かに可愛くはありますけど、未だに若干の葛藤がありまして……」

「もっと自信を持ってくれていいんですよ! 今うちの会社の中では雪さんは三期生のエースとも言われています。それは数字も証明しているのでしょう?」

「うっ」


確かに信じられないことではあるが、今私のチャンネル登録者やアーカイブの再生数、配信に来てくれるリスナー数は同期の中でトップを走っている。

最初は一瞬のブームが来ているだけですぐ沈静化してしまうのではないかとも思ったが、むしろ未だその数は日を増すごとに膨大に増えている。

きっかけがきっかけとはいえ、リスナーが楽しんでくれているのならこれもありだなと最近思い始めてきていたが、エースとまで言われるとすごいプレッシャーだ。


「飲酒配信でラインすれすれ発言を繰り返すライバーがエースはまずいんじゃ……」

「それがリスナーの気分を害しているのであれば問題ですが、リスナーを楽しませているのであればありというのが今のライブオンの方針です。更にそのラインを超えないようサポート役の私がいるわけですしね」

「懐が広いですね」

「ライブオンですからね」


自信満々にそう言ってのける鈴木さん。

本当に不思議な企業だと思う。

なぜあそこまで全員が輝ける人材を選ぶことができるのか?

それはたまに一見ふざけているような自由さをみせる企業だが、実は社員全員が本気になって取り組んでいるからなのかもしれない。

うん! せっかくましろんが頑張って描いてくれたんだし、これからは私も自信を持って配信するようにしたいな!


「まぁそんなわけで、新立ち絵は今日にでも使えますよ」

「はい! ありがとうございます!」

「お礼はましろさんに言ってあげて下さい。さて、次の話なんですが、実は近々ライバーも増えてきたこともあって、多くの方により多くのライバーを知ってもらうため、現在所属しているライブオンのライバー全員で歌動画を一本作ることを計画しているんです」

「え!? 全員ですか!?」

「はい、一期生から三期生まで全員です」


これは衝撃的だ、間違いなく今までのライブオンで最大規模のコラボ企画になる。

というか全員ってことは私も参加するんだよね? 歌動画とかまだ作ったことないし歌配信すらしたことないよ!?


「わ、私大丈夫ですかね?」

「今のところ全8人のライバーで1曲をパート分けすることを計画しているので、歌う箇所は多くはないです。ですがうまいに越したことはないですね。どうですか? 歌得意です?」

「高校生の頃はカラオケもたまに行ってて人並には歌えていたと思います。でも卒業してからは忙しすぎて一回も行けてないですね、最近は存在すら忘れてました……」

「どれだけブラック企業に使役されてたんです? 娯楽忘れるってなかなかですよ。まぁそれでしたら近々カラオケ行って練習することをお勧めします。それか……」

「それか?」

「曲の間奏などでストゼロプシュ! ってやって飲んでプハァー! ってやって曲を盛り上げる役ですね」

「死ぬ気で歌練習してきます!」


それじゃあ完全にお笑い要員じゃないか! そんな大規模コラボで醜態を晒すわけにはいかんぞ!


「あ、あとですね、この後いつもなら一緒に食事に行ってたと思うんですけど、食費は経費で大丈夫なので今日は違う方と行ってほしいんです。一応顔合わせも済んで打ち合わせもこれで終わったので」

「え? 違う方ですか?」


この展開は初めてのケースだったので、思わず怪訝そうに首を傾げてしまう。


「実は今日ライバーの神成シオンさんと宇月聖さんが事務所に雪さんと同じ用事で来ているんですよ。それで雪さんこの2人とコラボ決まってるじゃないですか。なので2人からもしよかったらコラボ内容の打ち合わせがてら食事でもどうですかとお誘いがあったみたいなんですよ」

「……え?」


それってもしかして……オフで敬愛するお二人にお会いするってこと……?

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