第3話そして伝説へ
「…………ぅぅぅ」
瞼を晴れた朝の焼くような日差しにさらされて眠りから覚めた。
「おえええ…………」
ああ、やば、今にも吐きそう。ストゼロは飲んでるその時は楽しいけど朝の二日酔い最悪なのどうにかしてくれないかな。
まぁ飲むのやめないんですけど。
もうこんな朝毎日のことだから。朝は地獄を見るって私の体では決まったことだから、ルーティーンだから。
今更変える方が体に毒なんですよ、はい。
もしこんなことを配信で言ったら、コメントが「は?」で埋まるんだろうなぁ。
まぁそんなこと一生ないだろうけど、配信中は清楚を心掛けてるから飲酒なんてしたことないしー。
「ぁ?」
のそのそと水でも飲みに行こうと体を起そうと思ったところで、こんな朝早くからスマホの着信が鳴り出した。
どうやらマネージャーの鈴木さんからのようだ。
鈴木さんは今年で24歳になるライブオンの中では若手の女性マネージャーさんなんだけど、面倒ごとにも正面から当たっていって解決していく真っすぐな性格からマネージャーの地位に上った、ライブオンの出世頭筆頭とも言われているやり手の社員さんだ。
常に私が配信活動に専念できるよう私生活から気にかけてもらっていて、もう足を向けて寝られない存在だ。
本人から聞いたのだが、私のマネージャーは自分から志願したらしい。
なぜ志願してくれたのか聞いてみたら。
「いや、私じゃなければ雪さんの本気についていけないと思いまして」
と訳の分からないことを言われた。鈴木さん見た目も態度も体育会系っぽい感じだしインドアの私には分からないなにかがあるのかな?
「ぁ゛ぃ゛」
「あ! 雪さん! よかったやっとでてくれた!」
ん? どうしたのだろう? 一切気力のない掠れた声で電話に出た私とは違い鈴木さんは声を聴くだけで分かるほどあからさまに焦っている。
「あの、一体なにがあ
「し! 静かに! 個人情報が洩れるとだめなので今から雪さんはできれば一言も喋らないでください。そして今から私が喋る内容をできるだけ動揺せずに受け止めてください」
「え?」
私の話を強引に切ってまでそう言った鈴木さん。
個人情報……明らかに危険な香りがするワードに眠気が一気に吹き飛ぶ。
え……私もしかしてとんでもないことを自分の知らぬ間にやらかしてる?
「いいですか、落ち着いて聞いてくださいね? …………配信を切ってください」
配信を切ってください
配信を切ってください
配信を切ってください
同じ言葉が頭の中をループする。
配信の切り忘れ……最悪の場合個人情報の流出などに繋がるため、VTuberが最も気を付けないといけないことの一つである。
そしてこれには実はもう一つ悪魔的な面が隠されている。そして幸か不幸か、私は非常に膨大な時間をVTuberの配信に費やしてきたため、その答えを知っていた。
そう、もし危険な情報の流出がなかったとしても、切り忘れるとほとんどの場合ほぼ素の状態を視聴者に見られることになってしまう。
ただでさえ自分のキャラクターと言うアバターをロールプレイしているVTuberだ。素の姿を視聴者に見せる機会は極端に少ない。
つまりそのレアな姿を晒すということは…………
視聴者からおもちゃとしていじられまくることになるのだ。
「ッッッ!?!?!?!?」
一瞬で脳裏に浮かぶ昨日配信を終わろうとしたときのPCの不調。
だっとあふれ出す冷や汗と共にもう一度PCの配信画面を開いてみる。
するとそこには…………
コメント
:おは! みてるー?
:ストロング飲酒配信よかったゾ
:普段とギャップありすぎて最早ギャップ萌えを超越した新しいなにかを感じた配信だった
:もう淡雪じゃなく完全に吹雪って感じだったなwww
:よし、今こそ俺と共に光ちゃんのママとなりどちゃしこする時だ
:同期のasmr配信をストゼロと比べた女
:俺は今、間違いなく伝説を見てる
:間違いなくVTuber界の歴史に残る配信だった
:どうして清楚を名乗るVTuberはこうもやべーやつが多いのか
:爆笑しまくりでした。なんかこうも飾らない姿見せられると憎めない笑
:それな、一緒にストゼロ飲みたい
「なんじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁ!!???」
思わず叫び散らかしてしまう。
こんな朝にも関わらず目で追えないほどのスピードで流れるコメント達。
そして何より今までの平均をはるかに超える視聴者数。
よく見るとあれだけ少なかったチャンネル登録者が同期と並ぶほど……いや、今もとてつもないスピードで増え続けているため超えてしまいそうだ。
あぁ、だめだ頭痛くなってきた。
コメント
:トレンド世界一位おめでとー
:パソコンの前でストゼロ飲んだだけで世界をとった女
「世界一位!?」
慌てて日本一位の人口を誇るSNS『かたったー』のトレンドランキングを見る。
……まじだ信じられないけど日本どころじゃなく世界のトレンド一位に『心音淡雪』の名前、少し下に『切り忘れ』がトレンド入りしている。
ああ…………なんかもう……………………
「いやぁ流石は雪さんですね。面接を見たときから一体いつ爆発するのかと覚悟を決めていたんですがまさか切り忘れからとは。斜め上からの攻撃、流石です。これから私もいっそう頑張ってサポートしますね!」
色々ありすぎて鈴木さんの言葉が頭に入ってこない。
あぁというか二日酔いの気持ち悪さと頭が処理しきれない情報量で気分が悪くなってきた。
「ぅ…………ぅぅ…………」
あ…………これやば……
「☆余りにも汚い音の為自粛☆」
そんなこんなで私は吐きながらもなんとか配信終了ボタンを押したのだった。
ちなみにだがこの配信切り忘れはもちろんのこと、この前代未聞の配信の切り方も『ゲロ式配信切り』の名で伝説となった。
どうしてこうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます