短編集

ゆず

第1話 ホウチョウ

私の名前はシイナミライ。今度5歳になる女の子だよ。絵を描くのが好きなんだ。だけどね、お父さんが私とお母さんに殴ったり蹴ったりしてくるんだ。すごく痛いし、怖いんだ。でも、今日は痛いことはしてこないみたい。


いつも泣きながらお母さんは私を守ってくれる。お母さんの笑った顔が見たい。何をすれば笑ってくれるんだろう?


そういえばお母さんが料理しているとき「危ないから、来ないでね」って、言ってホウチョウっていってたものを持ってたんだよね。

よし、ミライもそれを取りに行こう。

流しに行きいつも使っている小さい台に乗って、ホウチョウを持っていく。

お母さん喜んでくれるかな?


自分の部屋で何かしているお父さんの元へと向かう。

「お父さん」

「何だよ。…チッ。お前かよ。目障りだから消えろ。鬱陶しいんだよ!」

お父さんの部屋に入り、いつもの声音で声をかける。案の定お父さんは私を見るなり不機嫌な顔になり、私より何倍も大きな手を振りおろしてきた。

怖くなって目を一瞬瞑ったけれど、一歩後ろに下がり持っていたホウチョウをそのままお父さんの太腿めがけて真っ直ぐに振りおろした。


お父さんは目を見開き、ミライのことをみていた。お父さんが慌てていることがわかった私は、太腿に刺さっていたホウチョウを抜き、心臓に向かってもう一度振りおろす。

お父さんはさらに目を見開き、苦しそうな表情を浮かべながらゆっくりと後ろに倒れた。机の角に頭をぶつけたため、鈍い音が辺りに響いた。ぶつけた箇所から鮮血が流れる。

あれ?動かなくなっちゃった。

動かなくなったお父さんの体を揺するが反応がない。しかも血がたくさん刺したところから出ている。

あー。だからこれは「危ない」のか。

お母さんが言っていた意味がわかった私は、血がついたホウチョウを体から抜きその場に優しく置く。


自分の部屋に行き、画用紙を持ってくる。倒れたお父さんを見ながら絵を描こうと思ったのだ。

赤を使って今あったばかりのことを絵に描いていく。

鼻歌を歌いながらその絵を完成させていく。

お父さんとお母さんとミライの笑顔の絵を赤で描いていく。その後、お父さんの絵の上から大きくバツ印を書き足した。

…お母さん、喜んでくれるかな?

出来上がった絵を見て、嬉しくなった。


その絵を自分の部屋に持っていくと、洋服と手が汚れていることに気が付いた。流しに行き、手を洗う。石鹸を使って手についた汚れを落とそうとするけれど、中々落ちない。

「何で落ちないの…」

もう!とさっき使っていた小さな台の上で地団駄を踏む。何度も洗っても一向に落ちないことがわかったので、下にかけてあったタオルで手を拭く。赤く滲んだタオル。

「あとでお母さんに綺麗にしてもらおうー!」

タオルをそのままにして、新しい画用紙に違う絵を描き始めた。


数時間後。お買い物をして帰ってきたお母さんが、私とお父さんの姿を見るなり叫んだ。お母さんが持っていた買い物袋が手から落ちる。

そんなに喜んでくれて嬉しいな!

汚れた洋服と手のままお母さんに思い切り抱き着いた。

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短編集 ゆず @yuika0103

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