第8話 諦め

諦め



俺達はしばらく陽の光にうっとりしていたが、


「さて、速く登ろー。オイラ疲れてきちゃった」


ハーツの言葉で目的を思い出し、また山登りが始まった。休憩場所はまだまだ遠い。


「私もうダメ。疲れてきちゃった」


ローズがもう弱音を吐く。それもそうだ、この辺りは岩がゴツゴツしているうえに、表面の石を踏むたびに石が転がり足を滑らせてしまうので、転んで怪我をしないように集中しないといけない。そのため、精神的にも身体的にも疲れてしまう。


「うわっ!」


ヒナの声が左後ろから聞こえた。


俺たちは、ゼクサスを先頭に、右側にハーツ、左側にローズ、少し遅れて俺がついて行き、俺の左後ろにヒナがいる構成で歩いていた。


俺たちは一瞬で後ろを振り向く。

ヒナがゆっくりと崖下に落ちていく。俺は全速力で走るが、俺の動きも、世界の動きもゆっくりと流れている。


今から自分に身体強化魔法をかけても間に合わない!


俺は諦めてしまった。


もうダメだ、完全に間に合わない。


俺は前からそうだった、何かに怖がっている人がいるときもずっと何も出来なかった。そして今も誰かを助けられない。


俺の横をゼクサスがありえない速度で走り抜ける。その瞳には何の曇りも無く、何の考えも無い。

純粋に何かを守ろうとする目だった。


「ヒナァァァぁぁぁあ!」


ゼクサスは、喉を奮わせ叫ぶ。そして崖下に落ちかけていたヒナの手をしっかりと強く掴んで、自身も落ちないように片足を軸に回転してヒナを助けた。


俺は安心感と悔しさに呑まれた。

ヒナが助かって良かったという安心感。

自分にはヒナを助ける事すら出来なかった悔しさ。


ゼクサスの絶対に諦めない心。それが自分には持てなかった事。しばらくの間、俺は黙って皆んなの後に続く。

そんな俺の横にヒョッとヒナが現れた。


「悔しそうで良かった。私が死にそうだったのに目の前で諦めるんだもん。それに・・・」


ヒナはずっとニコニコしている。

今から俺を罵るのか? 当たり前だよな。諦めたんだから。


「悔しい思いをできたから、次また誰かが危ないとき、今度は全力で助けられるね」


そう言うと、ヒナは初めて歯を見せて微笑んだ。内気な子が見せる笑顔は何とも優しい笑顔だった。


「おい、お前ら! 後ろでなーにお喋りしてんだっつーの! ヒナなんか久々に笑顔でよ!」


ゼクサスが嫉妬してる気がして、可愛く見えてきた。

ゼクサスも分かってるんだろうな、自分の心がヒナには伝わっていることが。

そんな事を考えてるうちに休憩場所である頂上付近の広ろい平地に到着していた。


「オイラお腹ペコペコだよぉ〜」


「あぁ、俺もだよ」


男チームが寝転んでいる間に、女チームが食事を作り始めた。


諸君は料理を手伝えって思うかもしれない。だが一人でも手伝い始めると全員が手伝うことになる。それが意味することは、女の人達だけで作ってくれる料理ではなくなってしまうという事だ。

男が作った飯は求めていない。俺はな!


「皆んな疲れてるだろうからさぁ〜、オイラも手伝おうか?」


俺とゼクサスは目を合わせて頷き合う。ハーツを後でボコボコにしようと。


「ハーツありがと」


ヒナがハーツに笑いかける。


「あらぁ、ハーツはやっぱり優しいのね。他の二人と違って」


ヒナとローズはこっちを睨みながら言う。


「何言ってやがる! 俺は手伝おうと思っていたぞ!」


ゼクサスの野郎すぐにそっち側にいくんじゃねぇよ。

ならば俺だって、


「俺は魔物が来ないように警備してるつもりなんだよ。女の子に戦わせる訳にはいかねぇじゃん?」


「シュウ。やっぱり男の子」


ヒナに男の子と言われて、俺がニヤーっとしていると、ゼクサスから刺すような視線が飛んでくる。


「・・・・・・ゼクサスも手伝うの偉い」


「ぅ」


ゼクサスは照れすぎて俯いたが、俺に視線を向けてからドヤ顔をかましてきた。

どうやら完全に宣戦布告されているようだ。


皆んなで昼食を食べ終わり。今度は山を下っていく。


「下り坂は楽で良いねぇ〜」


「私も同じ考え〜。長い旅だったわよね」


ハーツとローズの気の抜けた喋り方に何だか落ち着く。なんだかリザードマンに襲われる可能性ももう無いみたいな会話だな。


旅が終わったようなときに言うセリフだな〜。


「おい! なんだか後ろから嫌な感じがするぞ! ったく、お前ら俺の悪口でも・・・・・・」


ゼクサスがそう言って後方の俺達を振り返り言葉を途中で止める。

顔は真っ青になり、涙目になっている。


「ゼクサス。どうしたの? 私達の後ろに何かいるの?」


ヒナはゼクサスの思考を読み取ったのか、固まった。


俺は後ろを振り返った。


「何アレ?」


「何かしら?」


俺達のずっと後ろの方で、砂埃が舞っている。


「オイラ達の方に舞ってきてるね。最悪すぎ〜」


ハーツが何ともないように言った瞬間、


「ありゃ、虫だ! 虫の群れだぁぁぁあ!」


ゼクサスはそう叫ぶと走り出した。


「あ〜、ゼクサスは虫が苦手なんだ。魔物や対人は強いんだけどねぇ」


ハーツの説明に感謝。


「えっ、マジで! ハーツ本当か、あのイケメン野郎の弱点は虫なのか?」


「うん。そだよ」


よし勝った。絶対勝った。ヒナは俺のヒロイン決定だぜ。ゼクサスとヒナを巡って勝負するとき虫を用意しよう。

俺は小さくガッツポーズをする。それを見ていたヒナが、


「シュウ最低。人の弱いところを突くなんて」


最低と言われて崩れ落ちる。


「やばいよ〜! オイラ達の方に虫が来るってことは・・・・・・」


ドドドド! ドドドド!!


大地が揺れ始め虫の群れを追うように赤い塊がこちら側に近ずいてくる。


「あらヤダ! リザードマンじゃないの!」


赤い塊はリザードマンの群れだったのだ。

俺達は我先に走り出した。


「いやーーー! 来ないでぇー!」


俺は必死に走る。


皆んなも走り続ける。

気が付くと先に逃げていたゼクサスに追い付き、山から二キロ程離れた森の中に疲れて倒れこんでいた。


ゼクサスは前方を見てボケーッとしていた。

数秒後、手前の草木を掻き分けこう言った。


「やっとついたぜ、ここがあの・・・・・・」


俺達の先に広がっていたのは大きな砂漠地帯だった。


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