第9話 バシップ

『私のご主人様がミハルちゃんを気に入っちゃってね。屋敷で囲いたいんじゃないかなぁ?』


 宿屋で眠りながらあの言葉がリピートする。

 あの言葉が挑発であるのは間違いない。解っているのに苛立ちが止まらない。



 先生が気絶した後、私は無我夢中で攻撃を繰り出したが一度も当たらなかった。更に私が1度攻撃する度に、あの小柄なメイドからの重い連撃が私を襲う。それを何時間続けたかは判らない。日が暮れそうになった時に私は限界に達してしまった。


 はっきり覚えている事は最後の連撃を受けた後、気を失うまでの間に聞こえた声。


 【絶対不服従を獲得した】【攻防之見切を獲得した】




 私は誰かに背負われている時に少し意識が戻った。

 体は私の言うことを聞かないが話し声だけは聞き取れた。


「また、師匠は手加減を知らないんだから…」


「何を言ってるの、ヤバそうな傷は全て塞いでるんだよ?攻撃を受ける度に回復魔法をかけていけば心が折れない限りいつまでも続けられるからね」


「それを手加減って言うから弟子が次々逃げるんですよ」


「そんなのは付いて来れない方が悪い。ウラルバートンみたいに気絶したフリでもすれば、まだその日は止めてあげるんだけどね。この少年はそれ程までにミハルちゃんの事が好きなんだねぇ」


 その後宿屋に連れて行かれ、先生の師匠が回復魔法を私にかけてくれた。回復魔法というのは心地良い物で、このまま寝入る事ができたらさぞ幸せだろうなと思えた。



 ベチーン!



 おでこを叩いた音が響いた。吃驚したけどさほど痛くない。


「もう起きているでしょ」


「ばれていましたか」


「もう判っているでしょうから、改めて言うけど私は敵対者ではないよ。ご主人様の命で君を鍛えろって言われただけなんだ」


「ええ、敵対者ではない事は薄々…」


「私はリリアルト、これからみっちり鍛えるから覚悟なさい」


「ミズキです、よろしくお願いします」


「それで、ミハルちゃんが今どうしているか知りたいよね?」


「はい、大丈夫なんですか?」


「今はね、明日はどうなるか判らないけど、ご主人様の屋敷に居る間は大丈夫じゃないかな?あの屋敷で危害を加えてきそうなのは…1人くらいかな」


 そうして師匠と先生は部屋を出ていた。

 私は本を開き、ステータスを確認した。変化があったのは間違いないのだから、気になって仕方なかった。


 ■ミズキ 性別:男 年齢:17

  職業なし  レベル:1

  HP:190/210 MP:220/220

  【物理】近接攻撃:+0   遠隔攻撃:+0

      近接防御:+0   遠隔防御:+0

      近接支援:+0   遠隔支援:+0

  【魔法】近接攻撃:+0   遠隔攻撃:+0

      近接防御:+0   遠隔防御:+0

      近接支援:+0   遠隔支援:+0

  【精神】近接攻撃:+0   遠隔攻撃:+0

      近接防御:+0   遠隔防御:+0

      近接支援:+0   遠隔支援:+0

  【バシップ】絶対不服従 攻防之見切

  【スキル】なし

  【スペル】なし

  【加 護】創造主(不老)

  【ギフト】魅了

  ※各パラメータ付加値は職業選択後再設定される



 絶対不服従:どのような逆境であれ精神が折れる事は無い。

 攻防之見切:攻防の際に好手か悪手か判る。


 …やはり加算値には影響がなかった。バシップの説明もやたら曖昧に思えた。バシップというのは常時発動型のスキルだろう、地球と同じ意味ならだけど。


 それで、職業の選択をどうやるのかという疑問があった。

 ここでこの本に記載して問い合わせをしてもいいが、職を変えるよりは新しいバシップの効果を確認する方が優先だと思った。

 職が変わってしまうと実感できない可能性もあるからだ。


 明日の訓練後に師匠に聞いてもいいだろう。とりあえず夕食を食べに行く事にした。昼も食べ損ねていたのを腹の虫が教えてくれたからだ。




翌日─


 今日という日が楽しみで仕方が無かった。

 バシップを早く確認したい。はやる気持ちが抑えられない。


 そして、師匠と対峙して打ち込む事になった。


 私は剣を振り下ろす。

 気持ち悪い。


 昨日と同じ様に連撃が来る。

 気持ち悪い。


 攻防之見切の効果は何処にも見られず。ただひたすら気持ち悪いだけだった。

 いずれも打ち込む前、連撃が来る前に発生していた。


 打ち込みは少なくとも、早さが全く足りていない。


 もっと早く、早く、師匠が連撃を繰り出すように!


 夢中で打ち込んだ攻撃の内、最後の一撃だけ師匠の剣で防がれた。

 受け止められた初めてだった。そしてその時だけ、気持ち悪さだけは無かった。


 恐らく攻防之見切は見切り判定を直感の様に感じ取って気持ち悪さに繋がるのだ。


 じゃあ、逆に良い打ち込みや防御をした場合、気持ちよくなるのか?


 その答えはすぐに分かった。

 すごく良い。攻撃はまだ良くて防がれるだけだが、防御は避け方を徐々に覚えていった。引くことも大事だと距離を開けたり、連撃を受け流したりとさまざまな避け方を試みた。


 次第に師匠の剣は私に当たらなくなり、防御を続けていると気持ち良さでハイになって行くことが分かった。おそらくランナーズハイに近い感覚なのだと思う。それでも避け続けられるのだからかなり良いバシップなのだと思った。


 師匠は昨日先生を倒した時の動きをまだ見せていない。

 その時の動きと比べれば明らかに手抜きをされているが、私としてはその時の攻撃を避けられるようになるのが当面の目標だと考えていた。


「少しは出来るようになったね、でもまぁあんまり悠長にしているとミハルちゃんの婚約者がイケナイ事をしちゃうかもだよ?」


「婚約者!?誰の事だ!」


「今頃、会っている頃なんだよねぇ。どうなっているか気になる?」


 婚約者の事で不安になりそうなものだが今は目の前の事に集中出来る事が不思議だ。昨日言われていたら、間違いなく絶望していたと思える内容だが、最後のイケナイ事というのは嘘だと思えた。


 どうして昨日の今日で婚約者ができるのかは私が勝ったら洗いざらい吐かせてやる。

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