第8話 認知

 私は湯あみの最中に湯あたりをおこして意識がもうろうとなっていた。

 そのせいか馬車に乗せられてすぐに眠りについてしまった。


 目が覚めた時には外は真っ暗になっていた。馬車の中には、イルティーナちゃんと村長さんが正面に、私を連行したメイドさん2人が私の左右に座っている。いまだに腕を拘束されているのは窮屈でしかない。


 どれくらい村から離れたのかはわからないけど、ここから逃げたとして村に帰れる未来は全く見えなかった。見知らぬ土地で一人で行動できる度胸も力量もない。


 だけど、いい加減勝手に私を巻き込む事に怒りが込み上げて来ていた。


「そろそろ放してもらえませんか?逃げませんから」


「起きたのですね、おはようございます」


 村長が合図をすると拘束が解けた。何というか良く統率が取れていると感心するばかりだ。


「村には身内がいるんだけど連絡を取らせてもらえないかな」


「その必要はありません、お連れの方には連絡をしておきました。もし追いかけてくるとしても半月はかかるでしょう」


 絶対に今すぐ先輩と合流しなければいけないという理由はない。単に私が一緒に居たいだけという我儘でしかなかった。離れるのは嫌だけど、会ったとしてもまだ冷静に顔を見る事ができる気がしない。半月はいくら何でも長すぎる、けれど数日なら離れるのもアリだと呑気にも考えていた。


 『ホストの真似事』『魅了』『夜通し』のキーワードから想像していた事は、今となっては杞憂だったと確信できる。それなら心配するのは自分の身の方だと思考を切り替える。


「私は冒険者訓練校に通わせてもらえるのですか?」


 先輩も来るはずなのだから、通っていればいつか再会できる。これは会う事ができない場合の最終的な合流手段になると思っていた。


「ええ、そこは問題ありません、領主様も御認めになられるでしょう」


「私の着ていた物や荷物はどうなりましたか?」


「あれは捨てました。新しい身分になるのですから不要でしょう」


「どうしてそんな嘘をつくんですか?」


 本は盗まれたら服の中に転送してくる。つまり盗んだという認識はなく、おそらくこの馬車のどこかに収納されて可能性が高い。


「ほう…その話は近い内にしましょう」


「というか、新しい身分「着きましたよ」


 私の言葉を遮ると同時に馬車が止まった。

 馬車から降りると、目の前には大きな屋敷があり恐らく周りは広大な庭なのだと思えた。


 少々気後れしていると、イルティーナちゃんが私の手を引っ張った。


「ミハルお姉様、はやく入りましょう」


 その顔は半日も馬車に揺られて疲れたという感じを全くさせ無い様に見える。

 私と行動できるのが余程嬉しかったのかもしれない。


 玄関を開けると10人以上の使用人が待機していた。


「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」


 全員が声を揃えて挨拶するその方向はイルティーナちゃん……ではなく、私に向けられていた。



 そんな状況に違和感を感じていた私は、領主様と個室で話す事になった。

 あまり二人きりになると不安になるから止めてほしいんだけど、他の人には聞かせれない話らしい。


「…それで、ここまで強引に連れて来て私に何をさせる気なんですか?」


「『何をする気か』ではなく『何をさせる気か』ときたか。なかなか聡いじゃないか、まぁ話が早くて助かる」


 そうだ、こんな小娘一人に対して仰々しい対応、着いてすぐに領主様と二人きりで会う事になったのも不自然だ。ただ身近に置きたいだけならここで二人きりになる必要はないし、会うのだって明日の朝にゆっくり時間を取ればいい。

 たったそれだけの根拠なのに、聡いとまで言われると少し照れる。


「簡潔に直近で起こる話からしよう。まず前提としてアスティーナには婚約者がいて明日ここに来る。そしてアスティーナが死んだ事はまだ公になっていない。こちらから婚約を破棄するつもりなのだが、その為のネタ集めがまだでな、それまでの時間稼ぎをしてほしい」


「その婚約者かその親が捕まるような事しているんですか?」


「…なんだ、知っていたのか?あえて言葉を選んで伏せて話している意味があまりないな。婚約者というはステイク・ドルトニア、ドルトニア子爵家の三男だが彼ははっきり言って蚊帳の外だ。問題は父親の方だが…」


 すごくベタな展開だと思った。子爵家相手に婚約破棄が可能になるのは家の不祥事、または脅せるだけの公表できない事の提示くらいしか思いつかない。程度によっては握りつぶされるので、王家が絡んでいるとかで決定的な物という事も考えられる。


「そのドルトニア子爵は何をしようとしているのですか?」



「魔王復活を目論んでいる」


 あ…そうなんですか。って言いそうになった。

 ファンタジーな世界なんだから、魔王もいるでしょうって思ってたけど今はまだ居ないんですね。でもドルトニア子爵はどうしてそんな事を考える様になったのか、そっちの方が気になる。


「それで、私には何のメリットがありますか?」


 勿論なかったら断る。非情と思われても、そんなのに関わってたら命がいくつあっても足りない。そもそもアスティーナが死んだ事故って本当に事故なのかが疑わしくなった。


「貴女を、私の娘として認めよう」


「いりません」


「ほう…、はっきり言うな。解っていると思うが貴女はアスティーナと瓜二つだから、何処に行ってもアスティーナの名前が付きまとうぞ。アスティーナはそれはもう活発で同世代の貴族の男どもからプロポーズが相次いでいた。婚約したことで落ち着いてはいたが、その婚約を無かった事にしてお忍びで平民として暮らしてみろ、噂は一瞬で広がり普通には暮らせなくなるだろうな。あの村も例外ではない。押し寄せる貴族にモテたいなら止はせんよ」


 想像を絶する地獄が待っている気がした。自分の姿を隠して生きるのも窮屈そうだし。どうしたらいいかは本当に分からなくなった。最悪な事態は私の好きな相手の排除を起こす人が現れる事だ、本当にそれだけはさせてはいけない。


「私にはもう好きな人が居ます。その人と結ばれないのは嫌です…」


「平民なら少々辛い物がある。然るべき所に養子になるか、爵位を授かれるようにするかでその望みは叶うだろうな。そのあたりの手配は私がどうにかしてやろう。家名を汚すような余程のクズでなければ大丈夫だろう」


 あっさり最低限のハードルをクリアした気がする。


「わかりました。お受けしますから、適切な教育をしてくれますか」


「もちろんだとも、望むだけの教育をしてやろう」


「それと領主様、家名もなにも聞かされてないのですが」


 肝心な事だ。うっかり聞きそびれていたけど、目の前の人の名前すら知らないのだ。というか一番最初に自己紹介してほしかった。


「なんだ、そんなことも聞かされていなかったのか、私の名前はサミエル、サミエル・ディープレア伯爵だ」


 後日、村長さんが捨てたと言った荷物はこっそりとアスティーナの部屋に持ち込まれていた。どうしてそうしたかはこの屋敷の使用人に対する警戒心からだと判るのはずっと後の事になる。

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