第7話 先輩はもう過去の人
私には好きな先輩がいる。
先輩との接点は図書室だけ。先輩はいつも窓際の席に座って居眠りをしている。そのせいか物静かで大人びた雰囲気を纏っていた。勿論話し方も落ち着いている。
少し太いフレームの眼鏡、少し長い前髪、黒いストレートヘアー、すらりと伸びた背の全てが綺麗で格好良く見える。
先輩は一度眠り始めると絶対に起きない。『眠り姫』とまで言われる程によく寝る。噂好きの同級生から聞いた話では先輩はこの図書館の本を全く読んでいないのだと言う。実際、どの本の貸出カードの帯出者氏名に先輩の名前が記されていなかった。
『
私はいつも本を読んでいた。先輩が起きるのを待っていたのだ。
先輩が起きたタイミングから少しずらして私も図書室を出る。
そして学校の外で待ち合わせた。
先輩の家にたどり着くと、先輩は服を脱ぎ捨てて下着姿になるとすぐにーツに包まる。そして私を見ると少し照れ臭そうに微笑む。先輩の親は父親だけだった。その父親が夕方になると居なくなるので、その時間を見計らっての開放感を楽しむという私達の日課だ。
それを知っている私も一緒に下着姿になって、同じシーツに潜り込む。
私は先輩を愛していた。
私達は二人で幸せなこの時間をこれからも続けると思っていた。
そんなある日、周りの男子が変な噂をしているのを聞いてしまった。
『野田紅希が男と遊んでいる』と。
私には信じられなかった。
その疑惑を払拭するために旧校舎で先輩を問い詰めてしまった。後で考えてわかった事だが、どうしてそうなったのか。それはただ自分が安心したいからだ、本当にそんなつまらない理由だ。
先輩がそうなった経緯だけでもいいから教えて欲しかった。
もしかして私が女だからいけないのか。
それから何を話したか覚えていない。気づけば口喧嘩に発展していて、お互いに引っ込みがつかなくなっていた。先輩は階段を上り旧図書館に行くという。私は一緒にいる気分になれず旧校舎を出る事にしたので別れた。
少し歩いた所で背後から異常な音がした。壊れたデジタル放送を彷彿させる耳障りで頭が痛くなる音だった。階段の方から聞こえるそれは私が耳を塞いでいる間に徐々に小さくなっていった。
先輩も聞いたはずだと思って探したけれど何処にもいない。
家にも帰ってこなかった。それなのに先輩の父親は捜索願いを出す事すらしなかった。
それから程なくして旧校舎の閉鎖が決定された。
あの現場を調べるには鍵を借りなければいけなくなってしまったのだ。
嫌な噂という物はどうしても耳に入ってくる物で、実は家計が火の車だったとか、莫大な借金があったとか、ただ好きな男を追いかけているだけだとか。先輩の幽霊を見たとか。どこまでが尾ひれなのか判らない。
そんな
気にはなっていたけれど、会いに行こうと思う度に恐怖する弟の顔を思い出してしまい足が止まってしまう。その結果、会いに行く事は出来なかった。
私は本当にどうしようもない馬鹿だ。
…懐かしい夢を見た気がする。
「もう、終わりか?そんなんじゃ好きな女を守れねぇぞ」
そうだ、ミミナミさんに紹介してもらって村のウラルバートン先生から剣術を教えてもらっている最中だった。少し稽古をつけてもらった後、試しに本気で打ち込んで来いなんて言うから全力で切りかかって行ったがあっさりと返り討ちにあった。そこで意識を失っていたのを思い出した。
何の為に剣術を習っているのか。
それは好きな娘を守るためだ。
今朝あんな事をしてしまった私は自己嫌悪に陥っていた。ミハルの献身に甘えてしまったからだ。それに対して無神経にも『気持ちよかった、これが男性の絶頂なんだね』とか言ってしまう厚顔無恥な私は軽蔑されて然るべきだ。もしかすると、あの後顔を合わさなかったのは既にそう思われてしまったのかもしれない。
だが、ミハルをこれ以上傷つける訳にはいかない。弟の二の舞は絶対に嫌だ。
そう思っていたのにこの様なのだから、立つ瀬がない。
私はミハルを守れる強さが欲しいと考えた。
そこに至った理由にミハルが持っている『好意』というギフトが関係する。
私はそのギフトに不信感を抱いていた。なぜならば好意という言葉の解釈は人によって程度が異なるからだ。最悪なのは救済という名目で命を奪う事すらも好意の範疇に収まりかねないのだ。実際にどこまでが範疇になるか判らないが『好意』自体がミハルを窮地に陥れる可能性をもっている。ある意味、天然のトラブルメーカーにもなりえると思った。
私は先生に向かって必死で剣を打ち込むと、それを片手で簡単にいなしてしまう。
「攻撃する時も受ける時も相手の動きをよく見ろ。どうしてか判るか?」
「動きに隙が出来るのを見つけるためですね」
「何を言っているんだ…、隙というものは生まれるもんじゃない、こじ開ける物だよ」
そう言うと同時に信じられない程の威圧を掛けて来た。
全身が悲鳴を上げている。一瞬でも気を緩めれば吹き飛ばされたかもしれない。
「おお、耐えたか。これは殺意でもいいんだが。わかるか?隙はこじ開ける物だと言う事が」
「何を言っているのか判ら-」
そう言いかけた時に頭上から剣が降ってきて鼻先をかすめると、うっすらと血がにじむ線が生まれた。先生がその気だったら、間違いなく死んでいた。さらには一歩踏み込もうとしていても同様だ。
足の力が抜けて地面にへたり込んだ。死という恐怖が私を襲っていたのだ。
「わかりました…」
「あははは、だらしないなぁ。そんなヘタレでミハルちゃんを守れると思っているのかなぁ?」
自分が気にしている事を言う声のする方を見るとメイド服を着た小柄な女性が居た。そのメイドは明らかに意地が悪そうな感じがする。
「何か御用ですか?」
「挑発が足りないかぁ、仕方ないから言いなおすね。『ミハルちゃんは預かった。助けたかったら私を倒してから行くといい~』って言えばわかってくれるかな?」
最後の伸ばした所で酷くてセリフを台無しにしていた。
本当にこの人が何をしたいのかがわからなかった。
この状況で私が対峙しようとしたら先生が私の前に出た。
「少々おふざけが過ぎるんじゃないかな!」
セリフを言い終わる前には先生の剣がメイドを襲った。
殺意を以ってメイドの体を斜めに切り裂くように振られた剣はメイドをすり抜け地面に衝突した。
消えたと同時にメイドが先生を気絶させていしまった。いつの間にか持っていた短剣で先生の後頭部かうなじあたりを強打したようだ。
先生でも勝てないのに私が勝てる筈がない。
「ミハルをどうするつもりなんですか」
「私のご主人様がミハルちゃんを気に入っちゃってね。屋敷で囲いたいんじゃないかなぁ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます