第5話 寂しい気持ち

 夜になった。部屋の明かりはどうなっているかというと、火を起こすと言う事はしない。光を放つ魔道具が一つ部屋に置いてある。本来なら宿屋でチェックインする時に鍵と一緒に渡されてチェックアウトの時に返す。


 魔道具自体が価値のあるものだから、そういう運用になっているらしい。


 二人部屋の場合は二つのベッドの間にローチェストがあり、その上に置くのが一般的な配置場所だ。ただ、先輩が本を読みたいからと自分のベッドと窓の間にあるテーブルに置いてる。本は読破したからもう要らない普通は思うだろう。


 その本に書かれている文字はミミナミさんでも読めないらしく、この地域で使う一般的な文字ではないと言う。それを知った先輩はどこからか貰ったノートに辞書らしきものを作っている…らしい。一体なにに使う気なんだろう?


 私は「先に寝ます」と宣言して、シーツに潜り込んだ。


 少し意識がなくなりそうになったタイミングで、誰かが私のシーツに潜り込んでくる。少しは焦ったけれど勿論先輩しかいないのだからすぐに平静を取り戻して声を掛けた。


「先輩、自分のベッドで寝ないんですか?」


「…一緒に寝るのは嫌かい?」


 その一言で思考能力が停止した。今、なんて言いました?


 聞き間違えでなければ、添い寝すると言う事だ。それ以上もあるのか判らないけど、最低限はそいう事だと認識した。自分でも顔が熱くなるのがわかって、意識している事がバレてしまうと焦った。先輩はそんな事をお構いなしに私の顔を先輩の胸に押し付けた。


 男の人の胸だと改めて思った。転生前だったらもっと嬉しかったと思うけど、今も結構嬉しかったりする。どちらにしても先輩なのだから。私は何も言葉にする事が出来ず、黙っていると先輩が話始めた。


「私はね、ミハルが居てくれてすごく嬉しかったんだ。最初は見知らぬ人だと思っていたから昨晩は寝る事も出来なかった。この世界に一人で来てしまったと思っていたからね」


 先輩は今が2回目の夜だから、昨晩の寂しさが手に取るように分かった。私も両親を亡くして初めて家に一人きりになった時、夜が眠れなかったのを覚えている。


 私がもっと早くに起きていればそんな思いをさせずに済んだのにと考えてしまう。気づけば私からも先輩を抱きしめる手に力が入っていた。


「ミハルは前世の家族と離れて寂しくはないかい?」


「私は一人暮らしだったから大丈夫です。馴れているし寂しがってくれる人もいませんから」


「そうか…。すまないね、変な事を聞いてしまった」


 逆に気を使わせてしまった。こんな時に言う事じゃなかったかもしれない。でも、こういうのは何時かははっきりと答えないといけないのだから、いい機会だったと思うしかない。


「それは気にしなくて大丈夫ですよ、そうなったのも随分前の話ですから。それよりミズキさんはどうなんですか?家族とか…」


「弟が居たのが気がかりかな。前世のミハルに似た雰囲気を持っていたから、今、ミハルが居てくれて少し気が紛れてるとも言えなくもないかな。そういう意味では、以前からミハルを気にかけていたんだよ」


 んん…?それって告白?それとも兄妹認定?あれ?姉弟?

 身近な人と思ってくれるのは嬉しいけど、現状だとこのまま妹ポジションに収まってしまう危険があるような気がする。


 少し迷ったけど、今はそれでも良いかと思った。焦っても仕方がない。今は特に生活基盤を確立しないといけないのだから。


「じゃあ、私の事は家族と思ってもらえますか?どんな位置づけでもいいです」


 言いたいのは恋人でも良いと言いたい。というか恋人が良い。あ、家族だから恋人じゃなくて………駄目…これ以上考えたら冷静で居られない。より一層、顔が熱くなってきて思考も変な感じになってきてる。


「家族か……いいね。家族でさん付けされていると、まるで私が旦那…………」


 長い沈黙があった。そこで止める?絶句しているのかと思って、顔を覗くと目を瞑っている。こんなタイミングで寝る??


 私は不完全燃焼のままの気持ちを抑えた。抱き着かれているので身動きも取れずに悶々とした時間の後に深いため息と共に眠りについた。




 翌朝、私が起きた時には先輩はまだ寝ていた。何故か未だにがっちりと抱き着かれたままで身動きが取れない。その時気づいた、私の体…正確にはおへそのあたりに突起物が当たっていた。


 男性特有の朝のアレだ。


 その症状には慣れているはずなのに、堅い物が自分の物ではないので顔が熱くなる。どうしようか悩んだ挙句、先輩を揺すって起こそうとすると、さらに堅くなった気がする。刺激を与えてしまったのかもしれない。


 どうしたらいいか混乱状態になっていると、先輩の声が聞こえた。


「これって、どうしたらいい?」


 見上げて先輩の顔を確認すると、先輩の顔も真っ赤だ。仕方がない、ちゃんと答えてあげないと。


「放っておけば収まると思います。でも、初めてだと結構出てしまうかも…」


 ここで問題です。

 Q.着替えも無い状態でどこに出せばいいでしょう?

 A.飲めばいいと思います。


「あ…、あの、口でしたら、楽に…」


 どんな顔をして言ったのか判らない。


 そのあと、どうやったのも覚えていない。


 本やゲームで得た知識の通りにやったと思う。


 無我夢中だったから味もわかっていない。


 わかっているのは何処にもこぼしていないと言う事。


 その後は我に返って自分のしでかした事の衝撃で暫くの間、シーツに包まって反省していた。


 そもそも元々男なのに咥える事に抵抗が無かったのが異常だ、最悪元々男色家だと勘違いされかねない。そうなったら最悪だ。さらにはこの結果、私が淫らな人間だと思われたらどうしようと思ったけど、やったことは完全に淫らな事だ、もはや否定できる要素が皆無だった。


 先輩と私は恥ずかしさのあまりに暫くの間、お互いに顔を見る事が出来なかった。

 そして、その行為自体を無かった事にするという提案に同意し、どうにかこの気まずい状態を収束させたつもりになっていた。


 その後、私は全くもって収束してないと思い知る事になる。

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