第3話 イルティーナ

 再び村を散策する事にした。

 結局、先輩はまだあの本を読み進めてなかったからだ。

 本を読んでる先輩は好きだけど、見た目が変わったのを私がまだ受け入れきれていない。以前の姿で読んでいる時の記憶を今の姿で上書きしたくないと言った方が正直な所だと思う。


 見ていたいけど、見たくない。なんという身勝手な矛盾。


 そんな事を考えて歩いていると、村の中に一つだけ他の家と比べて明らかに大きい家があった。屋敷と呼ぶべきだろうか?


 偉い人…村長さんとかが住んでいそうな家と思いつつ眺めていると、窓から小さな女の子が顔を出して此方を見ている。


 目が合ったのでなんとなく手を振ってみると、手を振り返してきた。


 その子どもはニッコリとしたかと思うと窓から引っ込んで居なくなってしまった。

 恥ずかしがり屋さんだったのかと思ったら、すぐに玄関が開いて執事っぽい人が声を掛けて来た。


「よろしければ、少しお茶でもいかがですかな」


「私ですか?」


「ええ、貴女様しかおられませんよ」


 良くわからないけど、さっきの女の子からの招待かもしれない。別に用事がある訳でもないのでお邪魔する事にした。後で考えると、私のこの行動は既に自分の思考が変わってきていると認識する要因となるのだった。


「イルティーナ様、お客様をお連れしました。私は紅茶とお菓子を用意してきます」


「おねがいします」


 子どもの容姿は金髪で青い瞳…最近どこかで見た事がある組み合わせだった。

 年齢はよくわからないけど小学生の低学年…八歳くらい?

 落ち着いた感じの口調からもう少し上かもしれない。可愛らしいドレスを着ているから随分いい所の子だという事がわかる。


「アスティーナお姉様はいつ帰って来られていたのですか?」


 何を言っているのかと思った。アスティーナって誰?

 私の事を指しているのなら間違いなく勘違いだけど、それを真っ向から否定していいのか迷っていると横から声がした。


「どうぞ」


 先ほどの執事さんが紅茶とお菓子を出してくれたけど、それと同時にそっとメモを渡された。


『貴女様はまるでイルティーナ様の姉君の生き写しの様です、どうか話を合わせるようお願いします』


 お…重い!初対面の人になんてお願いするんですか!

 これ、バレたらどうするつもりなんだろう。迷って時間が長いのも不自然なので適当に答えてしまえと割り切った。


「えーと、実はお忍びで帰って来たので秘密です」


「そうなのですね、所でどうしてそんな庶民の服を着ているのですか?」


「えーと、お忍びだからこっちの方が都合がいいのですよ」


 『40点』


 は?


 執事とメイド2人がイルティーナちゃんの背後に陣取り、私の発言に点数を付けて板に書いて私だけに見せてくる。一体何様なんだこの人達は!


 さらに掲げられた板には『点数次第では豪華景品』と書かれていた。


 景品がもらえる!?いやだからって、それに釣られてやる訳じゃないんだけどね。


「学校の方はどうですか?お忍びで来るほど成績が悪くなったとかないですよね?」


「むしろ逆です、成績が良いから抜け出しても大丈夫なんです」


「流石アスティーナお姉様です!」


 成程、アスティーナが凄いって事を教えると喜ぶ訳なのね。

 しかも『60点』にあがった!さらに執事もメイドも涙を流してる!

 たったこれだけの事で??


 それから1時間もの間、一問一答が続き、私の精神がすり減り切った頃、イルティーナちゃんは椅子の上で寝てしまった。

 メイドはその事に気づいて素早く抱きかかえ寝室に連れて行った。


 そしてイルティーナちゃんの座っていた席に執事が座り、優し気な表情で話しかけて来た。


「無理を言って申し訳ありません。それと申し遅れました、私はこの村の村長をしている、エンデと申します」


「あ、私はミハルです、じゃあイルティーナちゃんの父親なのですか?」


「いいえ、イルティーナ様は領主様の娘でございます、私はただ預かっているに過ぎません」


「良かったんですか?嘘ばかり並べてしまいましたが」


「ええ、イルティーナ様はこれまでずっと心を閉ざしておいででした。姉のアスティーナ様がお亡くなりになったと聞いたのがショックだったのでしょう。ですが貴女様の姿をみたと言ってきた時はそれはもう明るい表情をしておいででした。この村に来て初めての事なんです。領主様は気分転換にとこの村を選ばれましたが私達では手を尽くしても、どうにもできなかったのです。お願いです、これからも少しの時間でいいので、会いに来てくれませんか」



 結局、姉代行の件を了承してしまった。

 評価点も95点まで上がっていたが、貰ったのは紙幣のお金だった。

 実はお金の単位や価値が判らずに貰うだけ貰ったという感じだ。


 戻る途中で果物を売っているお店があったので受け取った紙幣の一枚を取り出して購入しようとした。


「そこの赤いのを一つください」


「こんな村のお店でそんな紙幣を出されてもお釣りは出せやしないよ!あんたやっぱり貴族だったんだね。いいから一個持って行きな、もう心中なんてするんじゃないよ」


 そんな高額紙幣だったのか。結果、果物を一つ貰ってしまった。今日は貰ってばかりの日だなと思った。


 次に回転焼きの様なものを売ってるお店だ。また高額紙幣だといわれて追い返されそうな気がして買うのを躊躇っていると、またもや心中に対する注意と共に、回転焼きの様なものを押し付けられた。中身が判らないけど美味しそう。


 右手に果物、左手に回転焼き、紙幣は服のポケット。

 そろそろこれ以上持てないと思っている時に雑貨店の前を通り過ぎようとしたら捕まった。


「あんた、昨日の心中の子だろ?もうあんなことするんじゃないよ。これでも持って行って私のお古だけどね」


 大きめの肩掛けバッグだった、回転焼きは熱々で入れられないけど、果物くらいはいれて良いだろう。

 それから、各店舗で1回引き留められ、気づけばカバンもいっぱいになっていた。


 こんなに物を貰ったのは初めてだ。

 どの店もお金の受け取りを拒否するし、何がどうなっているのかと思いつつ宿屋に戻った。


 ちなみに回転焼きの様な物の中身は野菜でした。粒あんが恋しくなった。

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