第2話 胸につける魔道具

 宿屋の食堂─

 

 小さな宿の1階が食堂となっている。個々で見ればそれほど珍しくもないが、日本ではあまり見ない組み合わせだ。

 ホテルについてるバイキングなどではない。普通の大衆食堂だからだ。


 そもそも、私は大衆食堂という物に行った事がないからこれが適切な表現なのかはわからない。ただ、そこに来る客は皆、良く食べる。そして昼間なのにお酒を飲む。海外ならありがちなのだろうか?それなら一度見て見たかったかもしれない。


 私達はカウンターに座った。テーブル席はお酒を飲む人で埋まっていたからだ。

 私達の隣にお客はいないのでゆっくりできそうだ。


「やっと降りて来たんだね!まぁ食べてっておくれ」


 ドンッドンッ、っと、大きな音を立てて特大のお皿に入れられたスープと、小皿に熱々のパンが目の前に置かれた。


「病み上がりだろうから、肉類は夜までお預けね」


 そもそもスープといっても野菜がたっぷり入ったスープだ。なんてヘルシーなんだろう。


「あ、ありがとう」

「ありがとうございます!お腹が空いていたんですよね~」


「ん~~~~まぁい!美味しいですよミミナミさん!じっくり煮込んで手間をかけてますね」


「そうかい、気に入ってもらえたなら良かったよ。パンは御代わりがあるから欲しけりゃ言いな」


「は~い!」


 私は先輩のコミュニケーション力に圧倒されて食事の手が止まっていた。

 会ってそんなに時間が経っていない相手にこんな風に話せるって本当に先輩は凄い。

 きっとどこに行っても一人ででもやって…。

 そこまで考えて少し落ち込みかけた。もしかすると私はお荷物なのかもしれないと考えてしまった。


 先輩はそんな私を気遣ってか、私の頭を前触れもなく撫で…ではない、髪の毛をぐちゃぐちゃにした!


「なにをするんですか!?」


「まぁた余計な事を考えていたでしょ。スープが冷めるよ?今は食べなさい」


 至極ごもっともな事だ。せっかく作ってくれた食事なんだから、ちゃんと食べよう。私は一口スープを飲んで、パンを…。


 え、スープ美味い!どう見てもただのコンソメスープにしか見えないのに、日本に居た頃には味わえなかった何かがあった。

 なんだっけ、覚えていない、気になる!

 スープを一口、また一口と飲む。野菜もモグモグ食べる。スープを…あれ?

 スープが無くなってしまった。


 あれは何だったんだろう?パンをもぐもぐしながら考える。


「凄い食べっぷりだね!どんなけお腹を減らしていたんだい、あはははは」

「本当ですよね、私もびっくりしました。ミハル、スープが足りないなら私のを飲むかい?」


「え、いいんですか?」


「ああ、そんなに食べたいならあげるよ」


 そう言って、先輩の残りのスープ。大体半分くらい残っていたのをお皿ごと交換した。


「ありがとうございます」


 スープが本当に美味しい。コンソメに何かを足しているのは間違いない。

 さっきは勢いよく食べてしまったのでいまいちわからなかったので堪能する事にした。


 貝類だ。


 ここは森が多いと思っていたけど、海も近いのかもしれない。

 または保冷技術と流通がしっかりと整っているか。


「随分いっぱい食べたね。まだ食べられるかい?」


「いえ、大丈夫、ありがとうございます。お腹がいっぱいになりました、とても美味しかったです。ところでここは海でも近いんですか?」


「いいや、随分遠いんだけど乾燥した貝は手に入るんだよ。大した量を入れていないのに気付くんだね。こりゃあ夜も手が抜けないわ」


 そういって笑いながら、お皿を下げてくれました。

 好意に甘えているのだからお店の手伝いをしたいと申し出ると、今日はしなくてもいいと言われた。


「じゃあ、私は部屋で本の続きを読んでるよ、ミハルは散策だっけ?」


「はい、じゃあ後で」


 私はそのまま外に出た。

 宿の正面は広場に面していて広場の中心には井戸があり、その井戸を取り囲むようにお店が並んでいる。宿の裏手の方を見ると、すぐに柵が設置されていて。その向こう側は森となっていた。広場に繋がる路地に入ると殆どが二階建て住宅地となっている。ここは村という規模何だろうと思った。そういえば村の名前も聞いていない。


 村の外に出る道には衛兵が一人で立っていた。


「こんにちは、昨日駆け落ちで無理心中してた人だよね。元気そうでよかった」


 昨日?私はそんなにも気を失っていたのか。それなら先輩はいつ頃起きたんだろう?先輩の事だから、村の人達とかもう顔なじみになっていそうだ。

 駆け落ち、無理心中というのはスルーした。これ多分だけど、村中の噂になっている気がするから気にしちゃ負けだと思った。


「その節は、ご心配をおかけしました」


 深々とお礼をすると、相手が少し焦った感じで話を続ける。


「ま、まぁ自分を大事にするんだよ」


 話を切り上げて村の中心に戻ろうとした。


 それにしても胸の先っぽが擦れて変な感じがする。

 実のところ、自分の姿をよく見ていない。意図的に視線を外していたのは慣れていないからと、先輩が居る所で自分の姿をまじまじと見て何を言われるかと思ったからだ。


 恐る恐る胸先を確認すると、見てわかる程に先っぽが立っていた。着ている物が薄手のシャツだから、酷く目立っている。

 刺激が強すぎて眩暈がしてきた。自分の顔も火照って来たのを感じる。こんな格好をしていれば明らかに痴女じゃないか!そうだ、衛兵の焦った理由はこれかもしれない。こんな格好でさらにお辞儀で胸元を見せたと言う事か…。


 これは村をうろうろしている場合ではない、一旦宿に戻らないといけない。


 そこで記憶がよみがえってきた。先輩が私の胸の事を「Dカップ」と表現していた事に。どうしてサイズが分かった?


 私は駆け足で宿に戻るとその勢いで部屋まで戻った。


「ミズキさん!」


 部屋に入ると先輩はまるで私がすぐ戻るのを予見していたかのように椅子に座って待っていた。いつもの流れなら本を読んでいて声を掛けても反応しないのが先輩なのにだ。


「そろそろ戻ってくると思っていたよ」


「どうして胸のサイズがわかったのか教えてください」


「いい質問だ。答えはずばり、眠っている間に測ったからだよ!」


 ドヤ顔で言う先輩は今まで見た事が無いくらい楽しそうだった。


「って、脱がせたんですか?」


「そうだよ?ちゃんと測ってちゃんとした物を作らないといけないからね。最初から着けていなかったんだから良いじゃないか。それに男性の機能も確認しておきたかったからね。最初からミハルだと知っていればもっと楽しんだのに…」


「寝てる間になにをしたんですかー!」


「さて、それは内緒にしておこうか。ってのは冗談だ、ちょっと上体を起こして上半身をじっくり見ただけだよ。やましい気持ちは何もない」


「って、さっき男性の機能って言ったじゃないですか」


「ああ、あれは実験だから、気にしないでくれ。それとも貞操感的に嫌だったか?」


「あう…えっと…」


 答えられなかった。本当に嫌だったかというとそうでもない自分が居る。ただ照れ臭いだけだった。


「で、これがプレゼントだよ」


 紙袋を渡された。

 中身は何かと確認すると、スポーツブラだった。


「実はこの世界には君もお馴染みの形をしたブラジャーが無いらしい。その代用としてスポーツブラみたいな物が魔道具として進化した物がこれだ、ちなみに名称は『ブラ』らしいよ」


 誰が『お馴染み』してるのかはスルーした。そして装着は簡単で普通に着るだけだった。

 装着後に胸の形に形成されて垂れるのを防止してくれるという物だそうな。先っぽも判らなくなる。不思議な素材なんだと思う。ちなみに、上等な物になると肌と同化して殆どわからなくなるらしい。


 さらに面白いのはこの上にワンピースやだぶだぶのTシャツを着こんでも、上に着た物が胸の形状に整形される。日本で言う所の『乳袋』が形成される謎仕様まであるらしい。


 二次元のお約束をこの世界では実装済みなのだ。


 と、先輩が大喜びで説明してくれた。


「あの…ミズキさんってもしかしなくても、結構なマニアだったりします?」


「ふふん、バレては仕方がない、その通り私はかなり精通しているのさ!」


 私の先輩に対するイメージが崩れた来た。

 でも他の一面を知ってしまって嫌いになる程度の恋をしてたわけじゃない。


「で、いつまで下着姿で誘惑するのかな?」


「ああああああ」


 忘れていた。

 先輩は『女性としても先輩』なのだからすっかり油断してしまった。

 もぞもぞと服を着て落ち着いた。


「そうそう、恥じらいが大事だよ。うん、すごく大事だ!」


「なぜ、そこ強調した!」


 それにしても、こんな魔道具を手に入れる程のお金はどうしたのだろう?

 私達はまだ無一文の筈なのに、私が眠っている間に稼いできたのかもしれない。


「この魔道具はどうやって手に入れたのですか?」


「うーん…それはだね、昨夜の内にちょっとホストの真似事を」


 早速男である事を謳歌し始めた先輩だった。

 私はすこし頭痛に襲われた。あまりにも以前の先輩との乖離が酷くてどう反応したらいいか反応に困った。だが、その事を打ち明けた先輩は少し戸惑っている。


「その…私の事を軽蔑してしまったかな」


 その行為も私の為にしてくれたに違いないのだから軽蔑なんて出来る筈がなかった。


「そんな事はないです、先輩は先輩ですから!」


「そうか、良かった」


 そう言と少し寂しそうな顔で微笑んでいた。

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