ミズキとミハル

なのの

第1話 憧れの先輩

 僕には好きな先輩がいる。


 先輩との接点は図書室だけ。先輩はいつも窓際の席に座って読書をしている。そのせいか物静かで大人びた雰囲気を纏っていた。勿論話し方も落ち着いている。


 少し太いフレームの眼鏡、少し長い前髪、艶のある黒髪ロング、すらりと伸びた背の全てが綺麗で格好良く見える。

 先輩は一度本を読み始めると止まらない。『本の虫』とまで言われる程によく読む。噂好きの同級生から聞いた話では先輩はこの図書館の本の大半を読破しているのだと言う。実際、どの本の貸出カードの帯出者氏名に先輩の名前が記されていた。


 『九条瑞希くじょうみずき』それが先輩の名前だ、とても女性らしい可愛い名前だと思う。一般的には男女どちらでも通る名前だと友達に言われたが僕はそう思わない。


 僕は図書委員で先輩が本を借りる時に必ず受付を担当していた。

 図書委員の同級生がタイミングを見計らって席を外してくれているからだ。僕の気持ちを知っていいて協力してくれている。


 それも先輩は高校三年なので来年の春には卒業してしまう。僕のこの幸せな時間も終わってしまうのだ。告白する勇気もない僕は気持ちだけが焦っていた。


 僕は細身で背が低く地味でモテ要素が見当たらないのを自覚している。さらには男らしくない名前『芦原水遥あしはらみはる』がコンプレックスとなって圧し掛かってきていた。


 この時、僕は諦めていたんだと思う。



 ある日、僕は先生から旧校舎側の使われなくなった図書館から本を運び出すようにと言われた。力作業は苦手なのにどうして僕に言うのかが疑問だったけど、断れる訳もなく渋々旧校舎に向かった。


 僕が旧校舎に向かって歩いていると、廊下で先輩とすれ違いそうになった。


「水遥君、もしかして旧校舎に行くの?」


「九条先輩、ああ、あ、あのはい、旧校舎に行きます」


「そう、それはちょうどいいわ。私もついて行ってもいいかしら?」


「はい!もも、もちろんです」


「クス…もう、緊張しないで」


 笑われた、でも一緒に歩けるだけでも幸せだ。それに笑った先輩も可愛いくて僕の鼓動は早くなっていた。さっきは緊張のあまりどもってしまったけど、つぎはちゃんと話そうと決意した。


 先輩は何故か僕の事を下の名前で呼ぶ。

 どうしてかなんて怖くて聞けない。可愛いからと言われたら立ち直れ無いと思ったから。


 旧校舎の鍵を開けて中に入る。少し埃っぽいけど、この静寂に包まれた空間と古い建築物の匂いは嫌いな感じじゃない。この雰囲気は僕が通っていた過疎地区の小学校に似ていたせいだと思う。


 階段を上っている最中に先輩が立ち止まった。


「水遥君はこの学校の怪談に詳しい?」


 もちろん知っていた。情報源は図書委員の同級生からだ。

 その時、ふと思い出した、いま立ち止まったこの階段は確か─


「知ってそうだね、この階段がその十三階段よ」


 先輩の表情は少し暗くなっている感じがした。二年前に起きたという、この旧校舎で失踪した生徒の話がこの十三階段の信憑性を高めていた事を思い出して背筋が冷たくなる。


「もしかして、二年前に失踪した生徒って先輩の知っている人ですか?」


「…冗談よ、もう……」


 先輩はそういうと階段を上りだした。僕は横に並んで最後の一段を同時に踏んだ。



 その瞬間、視界が歪んだと思ったら意識が途絶えた。






 目が覚めると、そこは天井に照明が無い見知らぬ部屋だった。

 窓からは心地よい風と木々の香りがする。まるで昔通っていた過疎地区の小学校のような感じがした。きっとここも同じ様に森が近いんだと思う。


 周りを確認すると、この部屋にベッドは二つあった。もう一つのベッドには誰も寝ておらず、その代わりに窓辺の椅子に座って本を読む男性が居た。


「あの、ここは何処でしょうか、それとあなたは誰ですか?」


 声を発してわかったけど、妙に自分の声のトーンが高かった。調子でも悪いのかもしれない。

 問いかけても返事が無い。その男性の容姿は赤茶色の短髪で手足が長く、背は高そうで細身だけど筋肉はついていそうな感じ。そして目を引くのが長いまつ毛。


 その長いまつ毛に僕は惹かれて手を伸ばしてしまった。

 ビクッと反応するその男性は、僕を見るとすぐに落ち着きを取り戻して優しい笑顔で話し始めた。


「起きたんだね、私の名前はミズキだ、君の名前を教えてくれないだろうか?」


 先輩と同じ名前だけど偶然ってあるんだなとおもいつつ、僕は答えを返す。


「僕は芦原水遥です、ここはど「水遥君!?え?嘘?」


「私は水遥君の先輩の九条瑞希だよ!そうだったのか、水遥君も一緒に来ていたのか。それにしても、水遥君は随分可愛くなっちゃったねえ」


「ええええええええええ?」


 先輩が男になって居るのに驚いていると、先輩が手鏡を見せてくれた。


 僕は、そこに映った美少女は誰かと困惑した。


 長い金髪に、青い瞳、先輩の胸辺りしかない背丈。


 身振り手振りをすると同じように行動する。まさかと思い胸元を確認すると鏡と同じように大きく膨らんだ胸が見える。

 女性経験のない僕にはその刺激は強く、少し眩暈を起こしながら自分の股間を手探りで確認すると、やはりない。


「なかなかいいスタイルじゃないか、肩幅狭くてDカップだからかなりの見応え…水遥君?水遥君!?」


 強すぎた刺激に意識が奪われ、男となった先輩の声が遠くなっていった。



 * * *



 次に目が覚めた時、見知らぬエプロンを付けたおばさんが心配そうに僕を見ていた。


「目が覚めたんだね、気分はどうだい?本当に良かったよ、森で倒れていたと聞いた時はまた死人かと思ったさ、あ、私はこの宿を経営しているミミナミだよ」


「大丈夫です、あの…ミミナミさんが助けてくれたのですか?」


「いいや、助けたのは旦那だよ。二人を肩に担いで帰ってくるから何事かと思ったよ!それにしても恋人同士で心中なんてあまり感心しないねえ。せっかく二人とも美形なのにもったいない!あ、旦那はあとで紹介しようかね」


「こ…恋人同士…」


 先輩と僕が恋人同士に見えた!?

 いままで諦めていたそういう関係に見られるというだけでも頭が沸騰しそうだ。


「違うのかい?まあいいさね、落ち着いたら一階の食堂に降りておいで、美味しいスープを出してあげるよ」


「あ、ありがとうございます」


 ミミナミさんが部屋から出ていくのを見送ってから先輩が補足してくれた。


「旦那さんは2mはある大男だったよ!狩人をしているらしい。私達を見つけてくれた事に感謝しないとね」


「はい…あの、結局ここは何処ですか?」


「やっぱり気になるよね、正直言うとまだ何も判らない。ただここがファンタジーな世界だと言うのだけは判る。転生したというのも確実の様だよ」


「あっさりしていますね、どうしてわかるんですか?」


「その本をに書いていたよ。私達が倒れていた時に持ってた物らしい。少し読んでみるといいよ」


 その本は僕が起きた時に先輩が読んでいた文庫本サイズの小さい本だ。

 1ページ目を開くと見た事も無い文字が書かれていた。でもなぜか読めるのには不思議とおどろかなかった。


『事故で亡くなった君達の為に肉体を異世界に用意した。地球に帰る事は出来ないが新しい人生を楽しんで欲しい。追伸、用意した肉体は本人の魂の願望を忠実に再現した物の為、クレームは一切受け付けない』


「は!?」


「くっくっく…水遥君も私も異性になりたかった様だね、まぁお互い願望がかなって良かった」


「先輩は…女であるのは嫌だったんですか?」


「そうだね…家の躾がきつかったからね、男になったら自由に生きたいと思っていたのは事実だ、水遥君はどうして女に憧れていたんだい?」


「いえ…僕は憧れていません。でも、自分の容姿が嫌だったから、そのせいかもしれません」


 モテる要素の無い自分にコンプレックスを抱き、女の様な名前を付けられたのならと女性であることを深層心理では望んでいた可能性はあると思う。そしてこの見た目は愛されキャラをイメージした物じゃないかと思った。


 そしてこれからの行動を考えたが先ずは現状把握が優先となった。

 先輩は本を読破したいと言う。僕はどうするか悩んだ末に村を散策する事にした。


 最後に先輩からの提案があった。


「そうだ、この世界に苗字を持った人はごく一部らしい、だから私の事は『ミズキ』と呼んでくれないかな?」


「わかりました。じゃあ…ミ…ミズキさん…」


「うん、それでいい。そして水遥君は…呼び捨てにするか。いいね?ミハル」


「…はい」

 ああ…念願だった恋人同士のように下の名前で呼び合う事ができた。嬉しくて気絶してしまいそうだ。

 いままさに恋人への階段を上っている昇っている気分だ。


「まずはスープでもご馳走になりに行こうじゃないか」


「はい!」

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