死神(theme of d ③)

春嵐

業務過多の死神

 死神として、人類開闢から生きてきた。


 業務は単純なもので、しのうとしている人間から、寿命を奪うこと。そして、生きようとしている人間に寿命を与える。


 正直、限界だった。


 死神なのに過労でぶっ倒れる寸前。あまりにも業務がブラック。


「ねえほんと、なんでこんなにしにたいやつ多いわけ?」


 生きようとする人間に対して、しのうとする人間の数が多すぎる。

 大きな戦いとか混乱とかが発生するときは繁忙期なんだけど、ああいうのはしぬ人間の数に比例して生きようとする人間の量も多い。仕事もやりがいがある。


 でも今は違う。

 生きようとする人間が少なすぎる。死のうとする人間の寿命を奪っても、誰に分け与えていいか分からない。


「まじでほんと、生きづらいよまじで。なんなのこれ。どういう社会構造だとこうなるの。煉獄なの?」


 もうしにたい。死神だけど。


 とりあえずコンビニでゼリー飲料だけ3つ買ってひとつだけ流し込んでまた仕事に向かおうとしたとき、声をかけられた。


「あの」


「はい」


 イケメンの男性。


「どうしたんですか」


 どうしたもこうしたもねえよ。仕事が忙しいわ。ほっとけ。


「話なら、聞きます」


「話を?」


 不思議な目をしている。この人になら話してもいいと思わせるような、不思議な雰囲気。


 あれだ。教祖的カリスマ性。むかし無差別に人を救いまくったやべえ教祖もこんな目してたわ。あのときの仕事もやりがいあったなあ。


「え、あの、じゃあ、ごはん食べながらで、いいすか?」


「ええ。どうぞ」


 ゼリー飲料。二つ目に移る。


「仕事がですね。忙しいんすよ」


「それで、死にたくなったんですか」


 おっ。


「そう。そうなんですよ。どこもかしこも死にたいやつばっかりで。私もそうなっちゃいました」


「どういった、お仕事を?」


「OLなんで、事務仕事ですよ。ひとりぶんの仕事を割り振って、他の人に仕事を割り振るんですけど」


 仕事っていうか、寿命ね。寿命。いのち。


「なんかもう仕事の量が多すぎて、パンクしそうなんです」


「そうなんですか」


「そう。そうなんですよお」


 話していると、不思議な心地よさがある。嘘がないから、だろうか。


「もうほんと仕事ばっかりで。いやになっちゃって。でもわたしがいなくなると仕事が止まっちゃって」


 しにたいやつが生き残っちゃったり、生きたいやつがしんじゃったりしちゃうから、いやもうオーバーキャパでかなり最近起こっちゃってるんだけども。どうしようねほんと。


「俺も、自分が、いやなんですよ」


 おっ。


「あなたも?」


「ええ。俺は、喋ると、周りの人間が、死んでいくんです」


「んなバカな」


 あっでも、最近たしかにあったかも。生きたい人間がしんじゃった案件。


「最初は家族。次に友達」


「うわあ」


 あれじゃん。最後に仲良くしてた近所の飼い犬までしんじゃったやつ。ごめんねえ。わたしのせいだわそれ。そのときのストック寿命半端なくて、しかたないから生き残った人に寿命全部ツケといたの。あなただったのね。あなたは長生きするわよお。


「いまは、どのようなことを」


「俺ですか。死にたそうにしてる人間を探して、話を聞いてあげてます。楽に死ねるように」


「そう、ですか」


 あれそれ、逆じゃね。

 こいつは人を救うタイプのやべえ教祖だし、実際わたしもいま話を聞いてもらってなんか心が軽くなってるし。死神だけど。


「ありがとうございました。心がなんか、軽くなりました。また会ったらぜひ」


「ええ。たぶん会うことはないでしょうけど」


 彼が去っていく。


「あっ」


 彼の座っていた場所。何か落ちてる。


「通帳」


「あの」


 彼。もういない。


「参ったなあ」


 ちょっとだけ、中を覗いてみる。


「おっ」


 けっこうあるね。死んだ親族とかの保険金かな。


「あの、その通帳」


「うわあああ。えっ誰っ」


 謎の青年。


「あっごめんなさい。驚かせてしまった」


 いやほんとよ。寿命縮んだわ。死神だけど。


「彼の、通帳、ですよね」


「え、かれ、あ、さっきの」


「ぼく、むかし彼に話を聞いてもらったんです」


「へえ」


「あの人に話してから、ぼく、救われたんです」


「うそ。ちょっと待って」


 あ、ほんとだ。生きようとする側の人間になってる。寿命あげないといけない側だ。あとで寿命増やしときますね。余ってるから。


「ぼく、彼に恩返しがしたいんです。その通帳、彼の、ですよね?」


「あ、うん。たぶん」


「番号を教えてください。お金を振り込みます」


「おかねを?」


「ええ。彼のおかげで今のぼくがあるんです。できることは、お金を振り込むことぐらいしか。あとは、またときどき話を聞いてもらえたらなって」


「へええ」


 もしかして、彼。


 しのうとする人間を生きようとする人間に変えるタイプの教祖かもしれない。


 待てよ。


 これ。


 使えないか。死神の業務に。


「あの、この通帳なんですけど、お渡ししますんで。あの、陰ながら、あの人を、支えませんか?」


「えっ」


「さっきあの人の話を聞く限り、そんなに世渡り上手そうな感じを受けなかったので。ええと、例えば、通帳の振込先をサイトに書いてまとめてこっちで振り込むとか、あの人が有名になりすぎないようにSNSをパトロールするとか」


「いいですね。それならぼくもお役に立てるかもしれない」


「おっ」


 最高じゃん。


 あのイケメンの男性が、しのうとする人間の話を聞いて救い、生きようとする人間に変える。そして、死神のわたしがたくさん余った寿命をその救われた人間に惜しみ無く注ぎ込む。


 これだ。


「よっし。じゃあ早速始めましょう」


 ゼリー飲料の三本目を一気飲みした。


 もしかしたら、貯まった寿命を一気に消化できるかもしれない。ブラック業務ともおさらばだ。





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死神(theme of d ③) 春嵐 @aiot3110

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