第3話「周回してたらそれに気づいた」

「いてぇ……。くそぉ……。こんなのありかよ……」

 レアイモムシの怨霊に吹き飛ばされた神人は、地面に倒れたまま弱々しく呟く。

 ――せっかくチート能力手に入れて転生してよぉ。美少女とのエッチまで約束されてるのによぉ。こんなところで死ぬなんて、そんなのアリかよ……。

「レアナノニ……。レアナノニ……。ナンデ……。ナンデ……」

 悪寒が走るような不気味な声が、神人の心に沁みるように響く。

「ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー。ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー。ソウダ! ソウダ! 死ヌベキ! 死ヌベキ! ★3ハゴミィ……。死ネ死ネ死ネ死ネィ゙!」

 心を抉るような怨念の声が、神人の思いと重なり弾ける。

「……違う。違う!」

 神人は呟き、急に叫ぶと立ち上がった。

「違う! コイツらは確かに弱い! 力も弱いしスキルも弱いし移動も遅いし、はっきりいってお荷物だと思う時もある! でも! ……でも、違う! コイツらは……。コイツらは俺の仲間だ! 俺の仲間を馬鹿にすんな!」

 そう叫ぶと神人は走り出した。

 吹っ飛ばされて、地面に体を打ちつけられても、痛くとも神人はまた立ち上がった。

 前世では言い訳ばかりでろくに頑張ることもしなかった。その内に死んでしまった。でも、今度はそんな風に死にたくない。

 きっかけはチート能力だった。最初から与えられた才能だった。でも、それも結局通用しない相手が現れて、それでも思った。

 神人は思った。頑張ろうと。

「うおおおおおおおお!」

 神人は頑張った。頑張って走った。

 死にたくなかった。何より、足掻かずに死にたくなかった。

 しかし、我武者羅な努力は時として無謀となり、結実に及ぶことなく朽ち果てて無に返る。

「うああ!」

 何度目か吹き飛んで地に落ちて這い起きて、神人は思い出す。遥か昔、幼い記憶――。

「ふっ」

 神人の口元が緩む。

「あったな、そういえば。俺にも頑張ったこと」

 ――くだらないことだったけど。

 神人は真っ直ぐに立つと、思い出の言葉を口にした。

「じゅげむじゅげむ」

 それは、神人が前世で小学生の頃だった。

「ごこうのすりきれ。えっと、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ」

 国語の授業で少しだけ触れた『寿限無』という話に出てきた長い名前を、幼かった前世の神人は頑張って覚えた。

「うんらいまつ……。……あっ、ふうらいまつ!」

 別に覚えたところで成績が上がるわけではなかったし、そもそもあの頃は成績なんて全く気にしていなかったが。

 それでも覚えた。覚えたくて覚えた。それで、褒められたり感心されたことがとても嬉しかった。

「くうねるところにすむところ」

 怨霊に物理攻撃が効かないのなら、有り難い言葉ならひょっとしたら効くんじゃないか。前世で御経でも覚えておけばよかったと思った時、ふと思い出したのだ。

 『寿限無じゅげむ』という小噺こばなしを。確かその中に出て来た名前は、有り難い言葉を羅列したものだったなぁと。

 叡智のひらめきと言えるかどうか、当てずっぽうの思いつきで、ダメもとで我武者羅で、命がけで無謀で。

「……えっと」

 しかし、ここにきて記憶が陰る。

「あれ……。なんだっけ……」

 急にその先が思い出せなくなった。

 何しろ覚えたのはもうずいぶん前のことである。むしろここまで言えたことが意外だったほどだ。

「ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー。笑止! 笑止ィ゙!」

 急に怨霊が笑い出した。

 今まで大人しくなっていたところを見ると、案外効いているのかもしれなかった。

「ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー。ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー。ソンナモノカ! ソンナモノカァ゙! ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー」

「くそっ。なんだっけ……。くそっ、くそっ……」

 神人は焦る。焦るがしかし、思い出せない。むしろ、焦れば焦るほど甘い記憶は霞んで見えなくなっていく。

 そんな時だった。神人の隣で、聞き慣れた声が、記憶の隅に見失ってしまった大切な言葉を再生した。

「やぶらこうじのぶらこうじ」

 驚いて振り返るとそこに、大切な仲間の姿があった。

「ハカセ!」

「フフツ。考えたな、神人。物理が効かないなら有り難い言葉で、ということか……。妙案だ。確かに効いているようだぞ」

「なんで……。ハカセ、大丈夫なのか?! てか、『寿限無』知ってんのかよ?!」

 驚いて質問を重ねる神人に、ハカセは笑って答える。

「質問は一つずつしてくれたまえ。といってもそんな猶予はないな。ナミィは無理だったようだが、私はスキルによる物理無効は意味をなさなかったものの防御力も上がっていたためにギリギリ耐えられた。私を誰だと思っている。イモムシ界随一の物知り博士、シリイモムシのハカセだぞ?」

「ハカセ!」

 喜ぶ神人を現実に引き戻すように、不穏な声がこだまする。

「★3ガァ゙! ★3ガァ゙! 憎イ。憎イ。怨メシイ。ィ゙、ィ゙、ィ゙、……死ネェ゙!!!」

「さあ、あまり話している有余はなさそうだ。続けよう」

「ああ」

 神人とハカセは怨霊を睨み、声を合わせて続きを言う。

「ぱいぽぱいぽのしゅーりんがん、しゅーりんがんのぐーりんだい、ぐーりんだいの……」

 そこに来て、再びのピンチが二人を襲った。

「ぐーりんだいの……。なんだっけ、ハカセ?」

「すまない。私も思い出せない……。ぐーりんだいの……。ぐーりんだいの……」

 必死に続きを思い出そうとする二人の身体を、怨霊の声が激しく揺すった。

「苦シイ、苦シイ、痛イ、ナンデ? 嫌ダ! 嫌ダ! 嫌ダ! 嫌ダ! オ前ガ、★3ダァ゙!!!!!」

 その手が伸びていくその先で、死んだように横たわっていたナミィが突然動き出す。

「ナミィ?!」

「うわー! こっち来たぁ~! 来ないでよ~」

 こちらへ向かってうねうねと這って来るナミィを見て、ハカセがはっと思い出す。

「そうか! ナミイモムシのスキルは“しんだふり”! 結構な間、具体的には三ターンから五ターンの間麻痺状態になる代わりに敵から攻撃対象に選ばれなくなり、全体攻撃も高確率で回避できるスキルだった」

「ナミィのスキル、強くない?!」

「いや、延命したところでだからな。私もすっかり忘れていたよ……」

「ああ、そういう……。てか、話してないで助けてやるか」

 そう言って走りだそうとした神人の前で、ナミィは涙目になって必死に這いまわる。

「来ないでぇ~! 来ないでぇ~! うわっ、うわっ! おたんこなすー! でべそー! ぽんぽこぴー! 来るなぁ~!」

「っ?!」

 突然、二人の間に衝撃が走る。

「でかしたぞナミィ!」

「よくやった!」

「えっ?」

 ナミィは二匹の言葉に困惑し立ち止まる。そこへ、怨霊の魔の手が襲いかかる。

「うわぁ~! ……あれ?」

「間一髪、助かったな」

 ナミィが目を開けると、そこは神人の腕の中だった。

「神人君……、ありがとう!」

「いいってことよ!」

 こうして、怨霊を前に三匹は揃う。迫りくる手を意にも介さず、神人とハカセが声を揃える。

「さて、ぽんぽこぴーのぽんぽこなーのちょうきゅうめいのちょうすけ!」

 二匹の声がこだまする。

 怨霊は苦しそうにうめき身をよじる。

「さあ、死んだふりだったんなら聞いてたよな? ナミィ」

「え、まあ……。うん……」

「何で照れるんだ? ナミィ」

「私も聞いていたからな。流石に照れたが、なんと言おうか。嬉しかったぞ、礼を言う」

「え? ……」

 ――俺の仲間を馬鹿にすんな!

 自分の発言を思い出し、神人は思わず顔が熱くなった。

「ちっ、ちげーよ! そっちじゃなくて! 聞いてたろ、ナミィ。寿限無だよ寿限無」

「うっ、うん……。でも僕、そんな一回じゃ覚えられないよ……」

 申し訳なさそうな顔をするナミィに、二匹は微笑んだ。

「心配は無いさ。我々は覚えている」

「一人で言う必要はねぇよ。俺達、仲間だろ」

「二匹とも……」

 三匹のイモムシは巨大な怨霊を見据え、先ほどまでとは違う希望に満ちた眼差しを放つ。

「せーの!

じゅげむ、じゅげむ、ごこうのすりきれ。

かいじゃりすいぎょの、すいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ。

くうねるところにすむところ。やぶらこうじのぶらこうじ。

ぱいぽ、ぱいぽ、ぱいぽのしゅーりんがん。しゅーりんがんのぐーりんだい。

ぐーりんだいのぽんぽこぴー! のぽんぽこなーの、ちょうきゅうめいの……。

ちょうすけ!」

 息の合った“寿限無”の暗唱。

「オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙……。ナゼダ? ナゼダ? ナゼ痛イ? 苦シイ? ナゼ? ナゼ★4レアノ俺ガァ゙。オイラガァ゙。私ガァ゙。俺達ガァ゙……」

 それは怨霊に確かな大ダメージを与えた。

「さて、最後は必殺技で決めてやる!」

 不敵に笑う神人に、ナミィが言う。

「でも、こんなところで大きくなったら洞窟がくずれちゃうよ。そしたら僕とハカセは生き埋めだよぉ……」

「あっ、確かに……」

「だが、そろそろスキルは使えるはずだ。スキルでとどめというのも乙なものじゃないか?」

「ナイス、ハカセ! おい、レアイモムシの怨霊! お前が俺に、俺達に負けたわけ。教えてやろうか?」

「ナニィ゙?」

「それは俺が……、★5だからだ!」

「……」

「とでも言うと思ったか? ちげぇよ、ばーか! 俺達の絆が、レア度を超えたんだよ!」

「神人君!」

「ふっ、臭いことを……」

 神人の言葉に喜ぶ二匹とは裏腹に、怨霊は怒り憤り憎悪を叫ぶ。

「ソンナ……、ソンナ……。ソンナコトッ!」

「そんなこと納得できない、か? じゃあ、最後は★5の力で倒してやるよ。いいかげん、成仏しやがれ! 叡智のひらめき!」

 そしてひらめいた神人は、二匹の仲間を脇にかかえる。

「えっ?」

「なにっ?」

「ハハ。やっぱり最後のシメは、必殺技だ! しっかり捕まってろよ! お前ら!」

 神人はひらめいたのだ。洞窟が崩れるのなら、仲間を抱えればいい。人の手があるのだから。手で攻撃が出来ないなら、そのままでいい。洞窟が崩れるのだから。

「――我、叡智を持ちし猿にして、生きとし生けるものの頂点に立つ者。イモムシにして、イモムシに非ず。超変態芋虫人間メタモルフォーゼ・ホモサピエンス!!」

 あっという間に巨大化した神人は、その腕から手に変え大事な仲間をしっかり優しく掴んだまま、巨大な人にその身を変えた。

 ガラガラと音を立て崩れる洞窟は、その足元で大きな、神人にとっては小さな土石の山を築いた。

「死んだ奴は埋まってろ! ソイツがお前のための墓だ! 来世はなろうの主人公にでもなれるといいな……」

 ほのかにオレンジ色へと染まりつつある青い空のその下で、多くのイモムシを死へといざなった口承の怨霊は土に埋もれ、その怪談は終わりを迎えた。


    ☆


 欠けた月が穏やかに光を灯す空の下。

「神人君! すごいやすごいや! あんなお化けまで倒しちゃうだなんて! すごいよすごいよ!」

 レアイモムシの怨霊を倒し、土砂の山となったしゅうかいの洞窟を後にした神人達は、街へと続く森の中で焚火を囲んでいた。

「ハハ、何回言うんだよナミィ。でもさ、俺一人じゃアイツは倒せなかったよ。ありがとう。お前らのお蔭だ。ナミィ、ハカセ」

「そんなことないってば……。でも、僕、弱いからさ……。そんなこと言われると、照れるなぁ……」

「そう言う言葉は何度言われても恥ずかしいものだな……。それはそうと、神人。君は今何レべだと思う?」

 ハカセに問われて神人は思い出す。

「ああ、そういうえばそうだった。いやー、あんな強敵倒したからなぁ。一〇レべになってて欲しいところだけど……、そう上手くいかないよな? 何レべ?」

「フフ。神人はキタキタキタキタキタキタキツネを覚えているかな?」

「ああ! そういえば! すっかり忘れてた……。あの騒ぎで結局とどめ刺せずじまいだったよなぁ……。怨霊のヤロウ……」

「フフ。それがな、キタキタキツネとの戦闘からの流れでレアイモムシの怨霊と戦闘になったからかな。あの洞窟の崩壊に巻き込まれて倒れたであろうキタキタキタキツネを倒した分の経験値、いや。もしかするとあの洞窟にいたモンスター全てを倒した分の経験値が入ったのかな?」

 ハカセの話を聞いていた神人は、その先が待ちきれなくなり言葉をこぼす。

「それって……。もしかして?」

「神人君。今の君のレベルは一〇レベだ」

「……いやったぁ!」

 喜びの雄叫びを口に立ち上がる神人を見上げ、ハカセもナミィも拍手の出来ない小さな手で心からの拍手を送り微笑んだ。

「神人君。おめでとう!」

「ああ! ナミィ! ありがとう! よっしゃー!」

「フフ。今日はゆっくり休んで、明日。姫の待つお城へと向かおう。ここからならお城はすぐだ。明日の昼には変態の儀を受けられるだろう」

「それで城下町に向かってたのか! 流石、ハカセ! 先に言ってくれよまったく!」

「いつ言おうかと思ってな。せっかくだから、ベストなタイミングで言いたかったのさ」

「ったく、ハカセは。このこのぉ~。ムッツリなんだから~」

 神人につつかれてハカセは顔を赤らめる。

「なっ、それは今関係ないだろ! 第一私はムッツリでは……」

「ううん。ハカセはムッツリだよ。なんてったって」

「おい、コラ! ナミィ!」

「何だナミィ。教えろ教えろ」

 きらきら光る星の下、イモムシたちのささやかな宴、三匹の楽しそうな笑い声は、いつまでもいつまでも鳴りやまなかった。



――――――――――――――――――――


20181027_脱字修正「成仏しやがれ!」

20200804_振り仮名加筆「誘う」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る