第4話「変態してもイモムシだった」


⚠《警告》⚠グロテスク⚠《警告》⚠


 当小説を読んで下さった方より、非常に不快だったとの批判を頂いております。

 ※2018年10月29日追加



 ――――――――――



 赤い絨毯。厳かな壁。そして大きな木の扉。

 広いお城の一角で、神人はしばしの別れを惜しんでいた。

「その姿もこれで見納めだと思うと少し寂しいな……」

「でも、神人君なら変態してもきっとすごいイモムシだよ!」

 二匹の顔を目に焼きつけるように見てから、神人は言った。

「ハハ、じゃあな二匹とも。また後で」

「ああ、また変態の儀でな」

「楽しみにしてるね~」

 その言葉を最後に、神人は大きな木の扉の先へと案内された。

 ――昨晩の激闘から一夜明け、早起きした神人達は、今日の昼前に城下町へと辿り着いた。

 ハカセの言う通り、観光を後回しにしてまずは城を目指した一行は、到着するなり豪華な料理でもてなされた。そして、しばらく食後の余韻を楽しんでから、いよいよ神人は変態することになった。

 話によれば変態の儀で変態するわけではなく、変態を終えてからそのお祝いに、姫との変態の儀を執り行うのだという。

「……」

 急に緊張してきた神人は、絢爛豪華な一室で促されるままに王座のような椅子に腰かけた。

 神人は前世で童貞だった。彼女はできたことがなかったし、そういうお店にも行ったことはなかった。正真正銘の童貞だったのだ。

「……」

 変態のことなど上の空で、目に焼き付けた仲間の顔も今は頭の端に置き、変態の儀について思いを巡らせる神人。

 そこには期待に胸躍らせ股間を熱くする一人の変態がいるのみであった。

「……えっ、ああ。はい」

 神人は言われるがままに目をつむる。いよいよ、神人は変態する。しかし、頭の中はとっくに変態だった。

 全身の感覚が徐々に弱くなっていく。手足の感覚から次第に体の感覚がなくなっていき、そして神人の意識はいつしかまどろみの闇の深淵へ。


    ☆


 ピロリロリン。

 ――ゲーム的な電子音が聞こえる。

 ヒュオォーォーォーォーォーォーッ、ポンッ!

 ――ソシャゲ的な効果音が聞こえる。

 キラリラリン。

 全身の感覚を手に入れる。

「変態★大成功! プリンスイモムシ!!」

 ジャジャーン、という音と共に神人は目を開けた。

 頭の下辺りをよじり自分の体を見ると、人の手足は無くなっていた。前世の記憶がある中で、人の手足が無くなるのは少し不便だなと神人は思った。

「神人君! おはよう! すごいよ! プリンスだよ! 王子様だよ! やっぱり神人君はすごいや!」

「お目覚めはいかがかね? 神人。知っているかい? プリンスイモムシはレア度★6、レア度の概念を越えた化け物だぞ? すごいじゃないか、神人」

 王座の上で身をよじって振り向くと、そこには笑顔のナミィとハカセがいた。

「ナミィ! ハカセ! そうか★6か……。手足が無いのは残念だけど、まあ、その内慣れるだろう。ヘヘ、やっぱり俺すげーのか……」

 ニヤニヤ笑う神人の前方で、ファサーとカーテンの開く音がした。

 正面を向き直ると、そこにはウエディングドレス風の召し物に身を包んだ女性の姿があった。レースの下にはあでやかな肩やつややかな太腿が透けて見え、清楚でありながらとてもエッチだった。

「お姫様だ!」

「姫様……」

 ナミィとハカセの声に続き、どこからか拍手と歓声がビージーエムの様に辺りを賑やかさせる。

「よくここまで来てくれましたね」

 姫はそういうと、レースの下に透けて見える口元で微笑んで見せた。

「……」

 その声に神人は聞き覚えがあった。そう、それはこの世界に来る前、神人に死を告げ転生を約束した女神の声と同じだったのだ。

「あの……、どこかで会ったことあります?」

 神人は彼女に、女神様ですよねとはかなかった。何故なら、神人は女神と最初に出会った時にも思ったからだ。どこかで聞いたことのある声だと。

「嬉しい。覚えててくれてたんですか? 私のこと……」

 お姫様の心から嬉しそうな声が、神人の頭に靄をかける。どこかで聞いたことのある声、生前にも聞いたことのあるはずの声。でも、思い出せない声。

「大丈夫ですか? まだ体が変わったばかりですもんね。どこか痛むんですか?」

「あっ、いやっ、大丈夫。大丈夫です」

「ふふ、ならよかった。それじゃあ――」

 言葉を止めた姫は、その左手を口元にあてがい恥じらうように言う。

「――誓いの、キスを……。いいですか?」

「あっ。はっ、はい!」

 神人はつい今し方の疑問も靄も忘れて、姫を見つめて背筋をピンと伸ばす。

 そんな神人に、姫はゆっくりと歩みよってきた。

 神人の鼻をいい匂いがくすぐる。生前味わったことのない、女の子の匂い。

 ベールの下に透けて見える口元が、肩が、脚が――。今、神人の目の前で艶やかに煌めいている。

「嫌では……ないですか?」

「へ?」

 突然、姫は弱々しく言った。

「私とあなたは結ばれる運命にある……。でも、あなたはそれが嫌じゃないですか?」

 不安そうに言う姫に、神人は言い切った。

「嫌じゃないです」

「……嬉しい。それじゃあ、するよ」

 姫は神人の鼓膜を優しく声でくすぐると、顔を隠すベールに手をかけた。

 ゆっくりと近づいてくる女性の顔に、鼻腔に満ちる女性の香りに、神人の股間が熱く滾った。神人の心臓がバクバクと高鳴った。

「好きだよ、▇█▆██▆君」

 その言葉に、神人の高鳴りは頂点に達した。

 ――▇█▆██▆、それは神人の前世での名前。

 姫の口から熱っぽく溢れたその名前に、本来ならば抱くはずであった疑問。どうしてその名前を知っているのかという問いよりも、慣れ親しんだ名前で呼ばれたことが加速させた興奮に、神人は理性を見失った。

 そして、ついにベールがまくられる。その下にあった顔に、神人の頭にあった靄は全て消え去った。神人は思い出した。

「お前は――」

 彼女は、神人を殺した女だった。

 恋人などいたことのなかった前世の神人に、初めて恋心を告白した女性がこの女だった。二人は運命で約束された恋人同士であると言って、女は執拗につきまとってきた。

 そして、そしてあの日。この女は神人の家に侵入していた。神人が帰宅して電気をつけると、目の前でこの女が微笑んでいた。包丁を手にして、意味の分からないことを言いながら、女はにじり寄ってきた。

 ――俺はこの女に殺された。

「ひっ!」

 ふと自分の身体を見る。それは、イモムシの身体ではなかった。紛れもない人間の身体だった。慣れ親しんだ、前世の自分の身体だった。ただし、一点を除いて。

 神人の人の身体には、四肢が無かった。神人は手も足も腕も脚も無かった。その姿はまるでイモムシのようだった。

「おい、ナミィ! ハカセ!」

 神人は首を回し、頼みの綱の仲間を振り返る。

「っ……」

 そこには二人の男がいた。虚ろな目をしてどこか遠くを見つめた男が二人、四肢の無いイモムシのような身体で、ブツブツと何かつぶやいていた。

「っ……、っ……、なんだよこれ……」

「あれ? 魔法が解けちゃった? いつも私の顔を見るとみんなそうなの」

 振り返れば女がこちらを見て微笑んでいる。

「何だよ……。何だよこれ!」

「言ったでしょ。ここは、女の子の夢の箱。コスメで可愛く飾られた女の子の夢の箱。お化粧はもうとれちゃったけど、ここからはすっぴんの時間だね……」

 女ははにかんで微笑むと、神人の顔をのぞきこんだ。

「好きだよ。ねぇ、好き。好き好き好き好き好き好き好き好き。大好き。とーっても好き」

「……俺は、俺はお前なんか好きじゃない!」

 怒鳴る神人に、女は微笑む。

「ふふ、照れちゃって。すっぴんだもん。私の方が恥ずかしんだよ? でも、さっき言ってくれたよね? 嫌じゃないって。嬉しかった……。前世のあなたは私を選んでくれなかったけど、やっぱり私たちは結ばれる運命だったんだね。やり直しをしたら、ちゃんとあなたは私を選んでくれた。私はあなたが好き。あなたは私が好き。うふふっ」

「違う……、違う……」

 涙を目に浮かべて首を振る神人に、女は微笑みを向ける。

「違わないよ。さあ、二人の愛の儀式を続けよう。手足が無くて心配なのかな? 大丈夫。ずーっと私が面倒を見てあげるから。私がお世話してあげるから。心配しないで」

「やめろ……。やめてくれ……」

 神人の悲痛な声が部屋に舞い散る。

「ふふっ。照れないで。気持ちよくしてあげるから。いいよ。私が気持ちよくしてあげるから。一緒に気持ちよくなろう。一つになろう。愛しあおう。ずっと待ってたんだ。ずっと、ずっと……。うふふ、嬉しい……。愛してるよ。愛してるよ。ねぇ、愛してる」

 女の顔がゆっくりと近づいてくる。その匂いが鼻腔に満ちる。神人の目からは涙がこぼれる。

「やめろ。やめてくれ。頼むから。何でもするから。やめてくれ。やめてくれ。やめて」

 神人の唇にぶにゅぶにゅとしたものが押しつけられる。それはまるでイモムシのようで、神人の唇にねっとりと絡みつきにゅるにゅると這いまわる。

「んん! んんん!」

 さらに口の中に一匹のイモムシが入ってくる。イモムシはゆっくりと口内を這いまわり、神人の舌に絡みつき次第に激しく這いまわる。

「んんんんん……。んんんんん……」

 神人の口を犯した三匹のイモムシは不意にその口から身を離した。

「はぁっ……、はぁっ……」

 神人は全身を襲う嫌悪感から逃れるように首を振る。

「そっか。そうだよね? 恥ずかしいよね、他の人の前じゃ。ごめんね、気づかなくって……」

 女の声が神人を現実に引き戻す。

 神人の後ろにはナミィとハカセ、四肢の無い二人の男、女のコレクションのなれの果てがぶつぶつと何かを呟き続けている。

 宝石のようにキラキラとしたコレクションが並ぶ女の子の夢の箱で、女は新しいたからものに手を伸ばした。

「さあ、いきましょう」

 神人の身体に女の腕が回される。ぎゅっと抱き寄せられ、柔らかい二つのふくらみが神人の胸に押しつけられる。

「……いやだ。いやだ」

「うふふ。照れ屋さんなんだから。でも、そんなところも好き。ずーっと一緒だよ。さぁ、まずは一つになろう。気持ちよくしてあげるからね。何度も、何度も、何度も気持ちよくしてあげるからね。私の全部を使って、たくさんしてあげる」

「いやだ。やめてくれ……」

「うふふ。うふふふふ」

「やめてくれ。頼むから。頼むから!」

 女は泣き叫ぶ神人を胸に抱き、イモムシたちがブツブツと歌う部屋を後にする。

「うふふふふ。うふふふふふふ。好き。好きだよ。▇█▆██▆。愛してる」

 赤絨毯の上を歩く、王子様を抱いたお姫様。

「さあ、ここで。一つになろう。うふふ。ふふふふふ。だーいすき、▇█▆██▆」

 バタンと閉まる大きな扉。広く寂しい城内に、神人の悲鳴がこだまする。


 ――ここは、女の子の夢の箱。

 メルヘンチックな箱庭世界、女の子の夢の箱。



――――――――――――――――――――


二〇一八年 八月一七日

二〇一八年 八月二三日  公開

二〇一八年 八月二三日  最終加筆修正


20181027_誤字修正「泣き叫ぶ」

20200804_誤字修正「キラキラとした」

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