第2話「周回してたらピンチになった」
しゅうかいの洞窟。
そこは、この世界で冒険を始めたばかりのイモムシたちが実践経験を積むために何度も周回することで有名な洞窟であった。
「はー、楽勝っすね」
「すごいよ、神人君! カクイドリもイケドリモアリも通常攻撃で瞬殺だね!」
「ああ。ここは初心者の修練の場とはいえ、気を抜けばすぐに死が待っている。ここで命を落とす者も多いと聞くが、こうも順調に先に進めるとはな。流石★5と言ったところか……」
「まあ、そっすねー」
早くも神人は飽き始めていた。
最初のうちは★5★5とちやほやされて気持ちがよかったが、あまりにも言われ過ぎるとそれにも段々慣れてしまい、むしろその言い方にいささか腹が立つくらいになってしまったのだ。
「これも天才の苦悩かなぁ……」
「ん? 何か言ったか、神人」
「いえ、何でもないですよ。それはそうとハカセ。今俺、何レべ?」
「三レべだな。まだまだ変態への道のりは長いぞ」
「マジかー。ずっと雑魚狩りもそれはそれでつまんないよなぁ~」
チート能力で俺TUEEにも飽きてきたとなると、次はハーレム。はこの世界では絶望的なようだが、Lv.10になれば美少女と会えるらしい。ならば次はそれだ。
しかも、変態の儀であんなことやこんなことをして貰えるというし、これは期待が高まる。
「ちなみに、変態の儀ってどんなことするんですか? 俺、恐いなぁ……」
「神人君でも恐いものなんてあるんだね。でも、安心して。変態の儀はお姫様からご褒美として至上の快楽を与えて貰える最高に気持ちい儀式だから。世界一の美少女であるお姫様と一つになって至福の愛を賜るんだ。具体的には」
「やめたまえよ、ナミィ。そう言った話はこんなところでする話ではない」
突然、ハカセがナミィの言葉を遮った。その顔はイモムシだというのに赤くなっている。
「ハカセ、ムッツリだから」
「えっ。ハカセ、ムッツリなんすか」
「ちっ、違う! そんなことは! あっ、イケドリモアリの大群が! プリプリ! さあ、私がナミィの盾になるから君は早く行きたまえ!」
見ると前方からアリの大群がわらわらとやってきていた。
「うわぁ! あんなのに噛まれたらひとたまりもないよ!」
「じゃあ、いっちょやってきますか」
――ハカセがムッツリとかぶっちゃけどうでもいいし――と心の中で続けると、神人はもう何度目になるのかアリの群れに突っ込んでいった。
ボコボコボコボコボコボコボコボコ!
瞬く間にアリの山が出来上がっていく。単純な攻撃の連続で雑魚エネミーが瞬く間に倒されていく様に細かな戦闘描写など必要であろうか。
ボコボコボコボコボコボコボコボコ!
あっという間にアリの群れは全滅し、神人は僅かな経験値を得た。
「神人君、ありがとう。神人君にかかればイケドリモアリなんて瞬殺だね」
「そーだな。それでハカセ、俺は今何レべ?」
「三レべだ。先ほどと変わってはいないよ」
「マジかよー。地獄ー」
「神人君なら地獄でも大丈夫そうだけどね。獄卒も閻魔大王も一撃で倒しちゃえるよ」
「いや、このレベル上げ地獄はマジでどうにもならないけどな……」
その時だった。前方の岩陰から赤い尻尾がチラリと見えた気がした。
「むっ。アレはキタキタキタキツネの尾?! 君たち、追うぞ!」
「キタキタキタキツネ?」
急ぎ這うハカセの後を歩きながら神人は聞く。
「ああ。キタキタキタキタキツネは滅多に出現しない上にすばしっこくすぐに逃げてしまうが、倒すとものすごい経験値が得られるレアモンスターだ」
「ハカセ! なぜそれを先に言わない!」
そう言うなり神人は人の足で走り出した。急いでも這うことしかできないイモムシとは比べ物にならない速さで岩陰に迫り小道をのぞく。
するとそこには、洞窟を駆ける一匹の赤いキツネの姿があった
「いた! 待て!」
「?! !!!」
赤いキツネは神人の声に振り返ったかと思うと、飛び上がって驚き瞬く間に逃げ出した。
赤いキツネは確かに速く、這って進むイモムシでは到底追いつけない速度だったが、人の足を持つ神人ならば苦も無く追いつけそうな速さだった。
しかし――。
「くっ。ちょっと待ってくれ神人!」
「ぼっ、僕たち追いつけないよ……。こんなところに置いてかれたら死んじゃうよぉ~」
かなり後ろでナミィとハカセが神人を呼び止める。
「チッ。マジかよ……」
神人はそう言うと、全速力で二匹のもとまで走っていき、その腕に二人を抱えて走り出した。
「わっ! うわっ! すごいすごい! 速い速いよ、神人君!」
「こっ、これはすごいな……。速いだけでなく目線の高さがいつもとは段違いだ」
興奮する二匹を無視し、神人は赤いキツネを追いかける。一度引き返したせいで、だいぶ距離が出来てしまった。
――このお荷物が。うるせぇ! ちょっと黙ってろ! ――。神人は心の中でそう毒づきながら、力いっぱいキツネの尻尾を追いかける。
赤いキツネはひょいひょいと、右に左に跳ねては曲がり、上がって下がってちょこまか逃げる。神人は二匹を抱え、その姿を見失わずに追いかけるのに精一杯だった。
「はぁっ、はあっ、はぁ、はぁ……」
ポタリと汗が地面に落ちる。落ちた頃にはもうすでに、そこに神人の姿はない。遥かその先を走っている。
「大丈夫? 神人君? 僕たちお荷物だよね……」
「すまないな。面倒をかけてしまって……」
神人は二匹の言葉にギクリとし、なんだか胸をえぐられたような気持になった。
「……いや、平気平気。……はっ、なんせ俺。……はぁ、★5っすから! まだまだ加速するぜぇっ! はっ。うおおおお!」
「わぁあぁあぁあぁ~! すぅご~ぉい!」
「流石だな。神人は……」
いつぶりだろうか。神人は考える。全速力で走るのはいつぶりだろうかと。
転生したのだから、いつぶりも何もないだろう。初めてだ。それでも、前世から考えていつぶりだろうかと神人は思ったのだ。
前世で、こんなに全力を出したことが、思えばあっただろうか。幼い頃はいざ知らず、ある程度の年齢になってから、こんなに本気になったことはあっただろうか。
コミュ症だから、お金がないから、才能がないから、何て数々の言い訳をして、それじゃあそもそも本気で頑張ってみたことがあったのだろうかと。
「はぁっ、はぁっ、はあっ、はぁっ、ハハ……」
いいや、そんなことはもうどうでもよかった。
神人は今この瞬間が、楽しかった。とても気持ちがよかった。身体に風を感じる。汗が首筋なのかなんなのかよくわからないところを伝い流れ落ちる。力いっぱい体を動かす。その感覚が、神人はとても気持ちよかった。
「うわー、すごいよ! すごい! どんどん近づいてる! 神人君! すごいよ!」
「……風になった気分だ。これは、心地がいいな」
「ハッ。お前ら、楽しそうだな」
神人は少し苦しそうに言う。
「えっ……、ごめん」
「すまない。つい……」
神人の言葉に、二匹は声をしぼませる。
「いや。俺もだよ」
「えっ?」
「俺も、楽しいんだよ。お前らとこうして走るのが!」
そう言って神人が笑うと、二匹の顔もぱぁっと輝いた。
そして、遂に――。
「追い詰めたぜ。キタキタキタキツネ!」
「っ! !!!」
神人たちは広間のように岩壁が開けた場所に赤いキツネを追い詰めることに成功した。
「はぁっ、はぁっ……。しかしどうすっかな。ここ広いし、下手に襲いかかっても逃げられちゃうよな」
「神人君ならまたすぐ追いつけるよ!」
「あのなぁ……。さすがにもう、ごめんだぜ」
怯える赤いキツネに注意を払いながら、神人はナミィの言葉に苦笑する。
「そうだな。何とかして確実に捕まえたいところだが……」
「よし。ならアレを使うか」
「アレ?」
「ああ、スキルだよ! おい、キタキタキタキツネ! 覚悟しろよ。叡智のひらめき!」
神人はそう叫んだ瞬間、視界の隅に意識を引かれた。そしてひらめく。名案が。
「近づいて襲ったら逃げられかねないなら、遠くから攻撃すりゃあいい。これしかないぜ!」
そう言って走り出した神人の行く手には、大きな岩が置かれており、その周りには岩を取り囲むようにちょうど手頃な石が落ちていた。神人はそのうちの一つをひょいと拾い上げると、赤いキツネに向かって真っ直ぐ投げつけた。
「!」
石は見事、赤いキツネに命中し、キツネはその場に倒れ込む。
「すごい! 石を投げて離れた敵を倒すだなんて! 僕らには真似できないよ!」
「ふむ。今回は敵に大ダメージとしばらくの麻痺状態付与か。やはり神人のスキルは強力だな……」
「へへん。さぁてと、いっちょとどめを刺しますか」
そう言って神人が歩き出したその時だった。神人の鼓膜をなにかが揺すった。
「ん? 何か言ったか?」
振り返った神人に、ナミィとハカセは揃って首を振る。
「憎イ。憎イ。怨メシイ」
「え?」
「なっ、なんだこの声?!」
その声は神人たちの心を揺さぶるように洞窟内に響き渡り、三匹の心を酷く不安にさせる。
「憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ怨メシイィ゙イ゙ィ゙イ゙ィ゙」
洞窟全体を揺るがすような声が響き渡ると、その声の主は突然そこに姿を現した。
神人のすぐ背後。そこにぐるりと並べられた石の中央。大きな岩のその上に、高い高い洞窟の天井まで届くほどの巨大なイモムシが現れたのだった。
「うわぁ?!」
「うわー! 怖いよぉ! 何あれ、気持ち悪い」
そのイモムシは宙に浮いており、その身体は半透明で透けており、ボロボロに朽ちた死骸のような姿をしていた。その頭にはマントのように垂れ下がる布を被っており、目は空洞、イモムシが何匹も結合した手のようなものを胸の前に一対浮かべた、その風貌まるで西洋のゴーストである。
「ナゼダ! ナゼダ! ナゼダ! ナゼダァ! レア度ノーマルノ凡イモムシ風情ガァ! ナゼダ! ナゼダ! ナゼオレハ、オレハ、ワタシハ、ボクハ、キミハ、オラハ、オマエハ、ワレラハ、ナゼダァ! レアナノニィ゙! ナゼ! ナゼ! ナゼ! ナゼェ゙ェ゙ェ゙! 憎イィ……。怨メイシイィ゙ィ゙ィ゙……。怨メシイィ゙イ゙ィ゙イ゙ィ゙!!!!!」
結合したイモムシの死骸が、勢いよく神人を襲う。
「っ!」
神人は突然、何か不思議な力に跳ね飛ばされたかのように吹っ飛びナミィたちの前で体を強く打ちつけた。
「いてて……」
「大丈夫?! 神人君!」
「あ、ああ……。なんとか……。それよりも、アイツはいったいなんだんだ?」
神人の問いに、ハカセが答える。
「聞いたことがある。このしゅうかい洞窟には、★4のレアイモムシたちの怨霊が巣くっていると……」
「レアイモムシの怨霊?」
「ああ。レアでありながら慢心や準備不足、不運などで命を落としたイモムシたちの無念や怨念の集合体だ。ヤツらは生きている全てのイモムシ、特に自分よりレア度で劣る★3のノーマルイモムシを強く怨んでいると言う。出会ったら最期、と言われている。この洞窟のもう一種のレアエネミーにしてキタキタキツネとは真逆のレアエネミー。災厄であり最悪のチート級裏ボス」
ハカセはアオムシの如く青い顔でそう言った。
「で、でも。神人君なら大丈夫だよね……。神人君は最強だし……」
「いや。レアイモムシの怨霊に物理は効かない。物理しか攻撃手段の無い神人、もとい我々では成す術がない……」
「そんな……」
「うっ、嘘だろハカセ? 何かないのかよ」
神人の言葉に、ハカセは無い首を振って答えた。
「無いな。唯一可能性があるとすれば神人のスキル“叡智のひらめき”だが」
そう言葉を残して、ハカセは数メートル離れた地面まで吹き飛んだ。
「ハカセ!」
神人たちがそう叫び終わるのが早いか否か、神人もナミィもそれぞれ数メートル空中を飛ばされ硬い地面に体を打ちつけた。
「いてて……。叡智のひらめき! 叡智のひらめき! ……くそっ!」
スキル名を叫ぶ神人だったが、今までとは打って変わって何もひらめかいない。
それもそのはず、スキルは連続で使用できないのである。一度スキルを使うと、一定時間経過するか一連の戦闘が終わるまでスキルは使用できない。
「ハカセ! ナミィ!」
神人は大きな声で二匹を呼びながら安否を確認するが、ハカセが微かに動くのみで返事はない。
「★3ガ! 雑魚ガ! オ荷物ガ! 死ネ! 死ネ! 死ネ! 死ネェ゙! ヒュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ュ゙ー」
風邪をひきヒューヒューする息の音のような笑い声をあげ、怨霊は三匹を嘲笑う。
「俺ガ、俺ガ、私ガ、俺達ガ死ヌノナラバ、オ前達ハ死デアルベキ! 死デアルベキ! 死デアルベキィ゙ィ゙ィ゙!」
次の瞬間、またもや神人は宙を飛び地面に体を打ちつけられる。
「いてぇ……。くそぉ……。こんなのありかよ……」
地面に倒れたまま、神人は弱々しく呟いた。
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