失われた賢者の力
「な、なあクローディア……さん、七賢者っていうのはさあ、それなりに強力な魔法の使い手だったりするんだよな?」
「ええ、属性によって戦闘能力はけっこう違うけど、鬼族や竜族と一対一で戦ったとしてもまず負けない程度の力は皆持っているはずよ」
「そ、そんな強い七賢者がオレ以外殺されてしまったって……。一体どんな奴に襲われたっていうんだよ!」
「わからないわ。そんな力がある奴といえば邪神の側近クラスの魔族が思いつくけど、その可能性はまずありえないのよね」
「ありえないって、どうしてそんなことが言えるんだ?」
「七賢者が存在するだけで奴らが棲む魔界とこの世界の間には強力な結界が張られているからよ。七賢者が健在であるなら魔族がこの世界に侵入してくる可能性はまずないの。異界の存在を呼ぶ召喚士であっても結界を無視して召喚を行うことはできないし……」
「じゃあ、一体誰が七賢者を殺しているっていうんだよ……」
「わからない、としか言いようがないわ。でも何人かの賢者は亡くなる前に他の賢者に連絡を残してくれている。それを知るためにもまず神殿にいかないと」
それもそうだな、とシードは思う。まずは状況を把握すること。自分はなぜか異世界にいて七賢者の一人、森の賢者シードの肉体に入り込んでしまっている。そして七賢者は現在何者かに命を狙われていて、シード以外の六人は既に殺されてしまったという。
悪い冗談としか思えない状況だが、冗談でこんなことを言ったりはしないだろう。いや、記憶を失って異世界にやってくるなんて事態は悪い冗談でしかないだろうが。
「こんなところでおしゃべりしてても仕方ないわ。まず外に出ましょう。」
クローディアの言葉に黙ってシードは従う。自室を出るとそこは半円状の広間で正面右手に外に続く出口があった。出口と表現したのはそこには扉がなくぽっかりと大きな穴があっただけだからだ。この広間もやはり壁は樹木そのものだ。
「この家は本当に木の中にあるのか……」
「外に出れば、どんな木かよくわかると思うわ」
そう言ってクローディアは出口に向かう。後を追うと出口には梯子がかかっていた。この家は木の上部にあったようだ。シードはクローディアが下りたのを確かめると自分も梯子を下りた。
「うわあ、ずいぶんでかい木なんだな」
シードは自分が下りてきた木を見上げた。周囲の木も大きな木ばかりだが、シードのいた木はその中でも一回り大きい。
「この辺の人たちはみんなこんな風に木の中に住んでいるのかい?」
「そんなことはないわ。私も普段はこの森の外の町で暮らしてるし、森属性の魔法使いたちもみな町で暮らしてるわ。森に住んでいるのはエルフやサテュロスといった人間以外の種族ばかりよ」
エルフにサテュロス、やはりゲームでよく聞く名前だな、とシードは思う。クローディアにエルフたちがどんな種族なのか尋ねると大体予想通りの答が返ってきた。サテュロスに関しても同様だった。
「異世界なのに俺のいた世界のフィクションの創作物みたいな奴がいるなんて不思議な気分だな」
「うーん、そういう共通点があるのはそれほど不思議ではないのかもね。なんらかの形でこの世界とあなたの世界にはつながりがあるのだろうから、伝説とかおとぎ話という形で互いの世界の情報が行き来しているのかもしれないし。ま、それはさておき」
クローディアは唐突に持っている杖をシードの方に向けた。
「一勝負してもらいましょうか。お兄さん」
一瞬、クローディアの全身が緑色の光に包まれた。シードは身構えたが、攻撃の類は飛んでこない。しかし、移動しようとして自分の足元にツタ状の植物が絡みついているのに気付いた。
「これは……君がやったのか」
「ええ、森の魔術の中でもほんの初歩的な魔法よ。森の賢者ともなればこの程度の魔法を解除するのは造作ないはずなんだけど……。試しにやってみてくれない?」
そんなことを言われても……と思いながらシードは足元に絡みついたツタをじっと見つめる。しかし当然何事も起こらない。
「なあ、コレ手で引きちぎっちゃダメかな」
ダメ、とクローディアは一喝する。
「なんというか……、魔法の使い方がまったくわからない。そんな感じね」
「いや、実際問題俺のいた世界には魔法なんてものは存在しないんだから仕方ないよ」
「魔法がない世界……。想像もつかないけどそういう世界もあるのか」
クローディアは腕組みして少し考えていたが、やがてポンと手を打った。
「そうね、兄さん。まずは魔力の存在を意識してみて。足に絡みついた草に注がれた魔力がどんな風に作用しているか。それを思い描いてみるの」
シードは言われた通りに魔力の流れを想像してみた。すると、草がぼんやりと緑の光を放ち始めた。
「草が緑色に光ってるんだけど、これが魔力なのかな?」
「その通りよ。今度は自分に宿る魔力を意識して絡み草の魔法を解除して」
「自分の魔力……」
シードは自分の手をじっと見た。しかし今度は光は見えてこない。
「魔力は体の一部に溜まっているものじゃないわ。自分の魂の力を動かすことを意識して」
「魂の力って言われても……」
「自分の体にもう一人の自分がいるってイメージするの」
「もう一人の自分って言われても……。肉体に生霊がとり憑いてるようなイメージなのかな……」
わからないままにシードは草に注がれた魔力に自分の魔力をぶつけようとイメージする。
「そうだ。言い忘れたけど、杖に魔力を込めて発射するってイメージすると案外スムーズにいくかも」
言われた通りにイメージすると杖が一瞬輝き、絡みついたツタめがけて魔力が放たれた。
「やった!魔法が使えたぞ!」
シードの杖から放たれた魔力は絡みついたツタをぶわっと浮き上がらせ、そのままシードを解放するかに思われた。しかし、放たれた魔力は一瞬ツタをほどいただけであっけなく消滅し、絡みついたツタも元に戻ってしまった。
「こ、これって一体どういうことなんだ……」
「どういうことも何も見たまんまでしょ。あんたの魔法がヘタ過ぎて絡み草の魔法を解除するのに失敗した。それだけのことよ」
「そ、そんな……。魔法なんて使ったことないんだから失敗したって仕方ないだろ」
「まあ、仕方ないと思うよ。私だって小さい頃はじめて絡み草の魔法を使ったときは草をゆらゆら動かすことしか出来なかったし。はじめて魔法を使ってそれだけ草を動かせたのはそれなりに褒めてあげられると思うよ」
「じゃあ、俺には才能があるってことか?」
「……。あんたが魔法学校に入学したてのペーペーにならそう言ってあげてもいい。でもね、あんたの体は七賢者の一人、森の賢者シードなの。これがどういうことなのかはわかるよね」
「あ……」
シードは理解した。かつての森の賢者ならこの程度の魔法なんなく解除できただろう。しかし、自分がシードの肉体に入った結果、森の賢者は単なる役立たずになってしまったのだ。
「ちょっと待ってくれよ……。七賢者のうち六人は殺されて残りは俺一人。でも魔法は全然使えないって……。これってもう詰んでるんじゃないか?」
「確かに最悪の事態だけど、私たちはできることをやるしかない。それが賢者の一族の宿命と覚悟ってものよ。行きましょう。……シード。」
クローディアはシードにかけた絡み草の魔法を解除した。しかしシードは呆然とその場に突っ立ったまま呆然としていた。
「……私は先に神殿に向かうから。前に進まなきゃいずれあんたも殺されるよ」
クローディアはシードを置いたまま先に進もうとする。しかし、そのとき突然ガサガサと木の揺れる音がした。そちらに目を向けると二匹の異形の獣がシードたちに向かっているところだった。
「な、なんだ、こいつらは……」
「合成獣キメラね。邪教の魔術によって作り出された邪な怪物……。六人の賢者を殺したヤツが放った刺客だと思って間違いないわ」
シードたちの前に現れたのは二匹の狼だった。ただし普通の狼ではなく狼の頭の隣にもう一つの頭がついている。右手の狼には山猫の、左手の狼にはハゲタカの頭がついていた。
「そんな……。もう俺を殺しに来たっていうのかよ……」
「シード、あなたが戦えないのはもう仕方ないわ。ここは私が戦う。足手まといにならないように後ろに隠れていて」
「わ、わかった……」
シードがクローディアの後ろに隠れようとした瞬間、二匹の獣は飛び掛かってきた。クローディアは素早く杖を構え魔法を発動する。先ほどシードに使った絡み草の魔法だ。しかし威力はシードに使ったものより遥かに上で山猫の頭付きの狼の全身にツタを絡ませ拘束してしまった。しかし、もう一方のハゲタカの頭付きの狼に対しては片足しか拘束できなかった。ハゲタカ狼の狼の背中に鳥の翼が生えバタバタと翼をはためかせ上昇するとブチブチと草はちぎれ、ハゲタカ狼は自由の身になってしまう。
「まずい!シードなんとか攻撃を避けて!」
ハゲタカ狼はクローディアには目もくれずまっすぐにシードめがけて襲い掛かってきた。ハゲタカのくちばしで目玉を抉られるか、それとも狼の牙で喉笛を引きちぎられるか。自分が殺される光景がシードの脳裏に浮かぶ。
「ちくしょう、こんな森の中でわけのわかんないまま死んでたまるかよッ!!!」
シードは持っていた杖を構えハゲタカ狼の襲撃に備えた。そして自分の喉を狙っている狼の頭めがけて杖を振り下ろした。
ドガンッと鈍い音が響く。狼の頭蓋骨は陥没し両の目玉は飛び出し歯は砕け散っていた。打撃の勢いでハゲタカ狼は地面に叩きつけられた。
「ちょ……。なんてバカ力なの…。一撃で魔物の頭を叩き潰すなんて……」
「おおおおおおおおお!!!!!!」
シードは間髪入れずハゲタカの頭にも杖の一撃を叩き込んだ。頭蓋骨と脳味噌が飛び散り返り血がシードの顔を汚す。二つの頭を潰されハゲタカ狼はぴくぴくと痙攣していたが、やがて動きを止めた。
「こいつ……。魔法に関しては役立たずだけど……。この圧倒的なパワー……。兄さんがこの力のためにこいつを呼び出したとするなら……希望はあると思っていいの?」
クローディアは構えていた杖をぎゅっと握りしめた。
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