七賢者のひとりに転生したけど他の賢者は皆殺しにされていました
@nightvision
森の賢者、目覚める
彼が意識を取り戻した時、最初に感じたのはむわっとするような緑の匂いだった。まるで森の中にいるようだ。そんな気持ちがしたが、目覚めたのはベッドの上だった。
目を開けるとそこには知らない天井。電灯はなく妙に薄暗い。体を起こして辺りを見回すとやはり知らない部屋だった。彼が横たわっていたのは木製のベッドで、部屋にあるどの家具にも見覚えがない。どれも木製のものばかりで、壁は樹木そのもののように見えた。
自分がいるのは大きな樹の中なのでは?そんな疑問が頭をよぎる。
ここはどこだろう。当然の疑問が彼の脳裏に浮かぶ。俺は一体どうしてこんな場所にいるのか。そう考えて彼は自分が何者か、それすら覚えていないことに気付く。
記憶喪失? 悪い冗談だろう?
そう思ったがどれだけ考え込んでも彼は自分の名前さえ思い出せなかった。一体俺に何が起こったというんだ。ひとまず立ち上がろうとしたとき、彼は不意に人の気配を感じた。
「あら? 兄さん目が覚めたのかしら」
部屋に入ってきたのは若い女だった。
外人?
女を見て最初に浮かんだ単語はまずそれだった。真っ赤な髪の毛に白い肌、そして青い瞳。女はほっそりした体つきで顔立ちも整っている。美人といって良いだろう。しかし、この女は自分の知り合いではない。それだけは確信できた。なんというか人種が違う。それにこの女の服装は一体なんなのだろう。麻で出来た野暮ったい、RPGの村人みたいな出で立ち。コスプレにしては衣装のくたびれ方が妙にリアルな気がする。
「どうしたの兄さん、青い顔をして。まだ具合が悪いの?」
女は親しげに彼に話しかけてくる。しかし、やはり女に見覚えはない。兄さんだって? 俺に妹なんていただろうか。いや、いたとしても目の前の彼女ではいだろう。
「な、なあ。俺はどうしてここで寝ていたんだろう」
「ちょっと、何も覚えていないの?神殿で大切な儀式を行うからって言ったきり出てこないから、心配して様子を見に行ったら兄さんが白目を剥いてぶっ倒れてたのよ?一体何をやっていたというの?」
女は戸惑った様子でまくしたてる。しかし彼の混乱は深まるばかりだった。神殿? 大切な儀式? 一体何のことだろう。俺は宗教関係の仕事にでも就いていたのだろうか。
何もわからない。気持ち悪い。何が気持ち悪いって、たった今声を出した時だ。自分の口から漏れた声は聞き覚えのあるものではなかったのだ。
「な、なあ君は一体誰なんだ? そして俺は何者なんだ?」
彼の言葉に女は目を丸くしたが、すぐに真顔に戻った。
「……私の名前はクローディア。そしてあなたはシード、私の兄上にして七賢者の一角、森の賢者よ」
「俺の名前はシード……。そして森の賢者……」
彼、シードと呼ばれた男はオウム返しに呟いたが、やはりその名に覚えはなかった。賢者というのも何のことかさっぱりだった。ゲームに出てくる魔法使いの上級職。賢者という言葉を聞いて頭に浮かんだのはそんな連想ぐらいだ。
「……ねえ兄さん、いや兄さんの体に入っている誰かさん。あんたの中身は私の兄さんではなくまったくの別人。それは間違いないわね?」
クローディアの言葉に彼女の兄、シードの肉体に入った誰かは頷いた。
「俺は気が付いたらこの部屋のベッドに寝かされていた。でも自分が何者なのか、どこに住んでいたのか、そういったことが一切思い出せないんだ」
「ねえ誰かさん。私は兄さんから奇妙な伝言を預かっていたの。神殿で儀式を終えた後、自分はまったくの別人になっているかもしれないって」
「どういうことだ?まったくの別人になっているかもしれないって?」
「わからないわ。兄さんは私にも詳しいことは教えてくれなかったから。邪神の眷属に自分たちのやっていることがバレたらいけないとか言って。ただ、これが上手くいけば最悪邪神復活を阻止できるかもしれないって」
邪神復活。RPGの中でしか聞かないような言葉がまた飛び出してきた。自分は本当にゲームの世界にでも迷い込んでしまったのだろうか。異世界転生。そんなラノベが一時期流行ったが自分の身にも起きているのだろうか。シード、便宜上彼をそう呼ぶことにしよう――はそんな考えを抱いた。
シードはぼんやりとかつて自分がどんな世界にいたのかを思い出した。日本の東京。そんな場所に住んでいたことは漠然と覚えている。しかし自分が何者かに関してはさっぱり思い出せない。
「せめてスマホがあればなあ」
「すまほ?」
シードはスマートフォンが如何なるものかと自分がかつていた日本のことをクローディアに説明した。
「うーん、よくわからないけどアンタが私のいるこの世界とは全く別の世界からやってきて兄さんの体に入り込んだっぽいってことはよくわかったわ」
そう言ってクローディアはため息をついた。
「俺の言うことを信じてくれるのか」
「まあ兄さんからある程度話は聞いていたからね。まったくの別人になってるなんて半信半疑だったけどアンタの反応を見てると本当としか思えないわ。もっとも兄さんの話では兄さんの体に入った人がすべてを解決してくれる、みたいな口ぶりだったんだけどね」
またもやため息をついたクローディアを見てシードは情けない気持ちになる。が、すぐに怒りがこみ上げてきた。悪いのは俺じゃない。
この体の持ち主、シードの体にいつの間にか自分は入っていた。だとしたらシード本人はどうなのだろう。今頃本当の俺の肉体にシードが入っているのだろうか。二つの体で魂が入れ替わってしまう。昔、漫画で見たようなシチュエーションだ。
だとしたら自分の体に入ったシードを探す。それがこの事態を解決する一番の方法だろう。だが、この世界は自分がかつていた世界とは別物のようだ。本当に自分が異世界に転移したのだとするとシードの方はかつて自分がいた世界にいるということだろう。世界を超えてシードを探すなんてことは可能なんだろうか?
「なあクローディア。俺……いやシードは神殿に行って何らかの儀式を行うって言っていたんだよな」
「ええ、詳しいことは教えてくれなかったけど、自分の肉体にあなたを宿らせる召喚の儀式を行ったと考えるのが自然でしょうね」
「だよな。その神殿に案内してくれないか」
クローディアは頷いた。シードはクローディアの後についていこうとしたが、まず寝間着から着替えてからねといなされる。シードの装備を用意するとクローディアは部屋から出ていった。
厚手の布の服の上下にマント、そしてブーツと武器にもなりそうな木製の杖。それらを身に着けた後、シードは机の上に赤い宝石がついた首飾りがあることに気付く。これを着けると防御力やら魔力やらがアップするのだろうか。好奇心から装着したが特に何か変わった感じはない。
拍子抜けしながら部屋から出るとクローディアが部屋の外で待っていた。彼女もシードのように厚手の布の服にマント、そして木の杖という格好になっていた。
「なんか俺たち、これから冒険に行くみたいな恰好だな」
「みたい、じゃなくて本当に冒険に出るんだけど。兄さん……、もう兄さんで通すわよ。今私たちがどういう状況にいるか話しておくわね。兄さんは七賢者のひとり森の賢者だって言ったけど、他に光の賢者とか炎の賢者といった人たちがいるの。……それも覚えて、いや知らないんだよね?」
シードはまた申し訳なさそうに頷く。内心では光とか炎の賢者とかいかにもRPGみたいだな、なんてことを考えていたが。
「……兄さん以外の六人の賢者は何者か……たぶん邪神をあがめる連中によって皆殺しにされた。そして七賢者の生き残りは兄さんただ一人。つまり兄さんが殺されたら邪神の封印が解けてしまう。そんな状況なの。そこはまず理解して。いいわね?」
「えっ……。ちょっと待って……。なにその状況聞いてないよ~~!!!」
シードは絶叫した。
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