第十章 - XIII

「あなたがどんな種を蒔いているかは知らないわ。知ったところで、私の為すべきことは変わらない。私はこれからもヒドゥンを狩り続ける。タカトと、仲間と一緒にね。そこにどんな障害があろうとも厭わない。あんなに強かったお姉ちゃんを倒したあなたに、こうして勝てたのだから」

「は、そうかよ。確かにまあ、アタシを倒せたのは事実、いくら奇跡の連続だとしてもな。思い残すこともない、ああ、ササコにだけ文句を言っておいてくれ。それと、竹谷タカト」

 今にも消え入りそうな彼女らしからぬ声で、アミナは僕の名を呼んだ。

「僕、ですか?」

「そうだ。アタシたちに関わるのはいいが、真っ当な人生は送れなくなるだろう。それでも……案外、お前みたいなやつが、アタシたちと人間の懸け橋になるのかもな」

 何も言葉に出来ず、僕はただ、こくりと頷きを返した。クレインたち執行兵のことを、僕はまだほとんど何も分かっていない。これから長い時間を掛けて、彼女たちと暮らしていく中で、徐々に知っていくことになるのかもしれない。そして、いつの日か、共に暮らしていく世界も、作れるのかもしれない。

「……これで言いたいことは言った。忠告もした。さあ、クレイン。殺せ。アタシの覚悟はできてる」

 アミナは、静かに瞳を閉じた。ついに、クレインの念願が叶うのだ。彼女は盾でアミナを押さえたまま、再び手にした槍に力を込めた。

「お姉ちゃんを殺めたことは絶対に許さない。あなたが死んでも、お姉ちゃんが生き返るわけじゃないのは分かってる。それでも、ここであなたの命を奪うわ。最期に、あなたの思いが聞けてよかった。私の覚悟も、定まったわ」

「最期の最期で優しい言葉を掛けなくてもいいんだぜ。っは、なんだろうな。お前の姿が天使のように見えるよ。ま、アタシにとっては、さしずめ破壊の天使ってところか」

 僕が初めてクレインと出会ったあの夜、僕はアミナと全く同じ感情を抱いた。白いドレスワンピースを纏ったクレインは、文字通りの天使に見える。そしてアミナにとっては、自分が放ったヒドゥンと自らの野望、そして命を全て打ち砕いた存在として映ったのだろう。クレインは僅かに口角を上げ、少しだけ照れくさそうに放った。


「破壊の天使、ね。嫌いじゃないわ」


「ああ、そうか。それはよかったよ」


 それ以上の会話はない。クレインが一点に狙ったのはアミナの心臓だ。その左胸に、深々とファロトの槍が突き刺さる。アミナは気丈にも、声のひとつも上げなかった。衣服を、そしてコンクリートの床を濡らしていくアミナの血液。次第に広がっていくそれが、彼女の命が散る寸前であると僕たちに教えているような気がした。

 彼女たちが人間界で失った命は、全て光の粒となり、消え去る。元の世界には影も形も残らない。もしもルーシャさんが人間界に来ていて、人間界でアミナと戦っていたのなら、きっとクレインが今携えているファロトも、ここにはなかったはずだ。それも、運命と言えるのだろうか。アミナの身体が光の粒となり、屋上の床に突き刺さったままのヒドラと共に消えていく様を見据えながら、僕は不意にそんなことを考えていた。

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