第十章 - XⅣ

「タカト、クレインっ!」

 アミナの身体が完全に消滅した瞬間。屋上の扉が開かれると同時に、空き教室にいたはずのホノカとササコ先輩が姿を現した。

「屋上に紫色の霧が見えて、その直後に光が照らして、まさかとは思いましたが……お互いに、秘匿された力を解放した戦いを繰り広げたのですね」

 自らもヴァリアヴル・ウェポンの力を解放しているササコ先輩には全てお見通しだった様子だ。逆にホノカは、その言葉を聞いても目を白黒させるだけだった。

「秘匿された力? 解放? 一体何のことだ?」

「ふふ、ホノカさんには後程教えてあげますよ。今は……クレインさんの勝利を喜びましょう」

「そうだな。クレイン、ようやく果たしたんだな」

 激戦が繰り広げられた戦場に、最後に立っていたのはクレインだ。ルーシャさんのヴァリアヴル・ウェポンを展開し、その秘匿された力まで引き出すという二度の奇跡が重なり、辛くも勝利を納めた。今になって実感が湧いたのか、クレインの頬に一筋の雫が走った。

「そう、ね。私、討ったのよね、お姉ちゃんの仇を。まだ全然、自分が成し遂げたことのようには思えないけれど、確かにアミナを倒したのよね」

「うん、僕は確かに見たよ。君とアミナの戦いの一部始終を。間違いなく君は勝った、僕が証明するよ」

「タカト……」

 僕は、僕だけは、ずっと彼女のことを見ていた。そして、アミナとの壮絶な死闘の顛末も、はっきりとこの瞳に焼き付けた。本当に死にかけた場面もあったものの、クレインのお陰で九死に一生を得た。もう身体を蝕んでいた毒はすっかりと消えている。むしろ、戦闘の前よりも体調がいいくらいだ。クレインが助けてくれた命。彼女に向け、改めてお礼を言う。

「クレイン、ありがとう。僕を信じて、僕を守ってくれて」

「そんな……私は感謝されるようなことは何ひとつしていないわ。全部、無我夢中でやったことよ。それでも、あなたがいなければ勝てなかったかもしれない。ファロトが応えてくれたのはあなたの存在あってのものだと、私は思うの。だから、こちらこそありがとう」

 何もしていないのは僕の方だ、と堂々巡りになってもいけない。彼女の目的を果たす戦闘に貢献できたのなら、それに勝る喜びはない。

 色々な思いが溢れてきた。クレインと出会い、執行兵たちと出会い、ヒドゥンとの戦闘を経験し、ディカリアの面々と邂逅し、そして、ようやくクレインが探し求めた姉の仇であるアミナを倒したのだ。じんわりと熱を持っていく胸の奥に、僕は耐えきれずクレインの肩を抱いていた。

「――クレイン」

「えっ……タカト?」

 そのままの勢いで自らの胸元へ抱き寄せる。本当に柔らかく、細い身体だ。何匹ものヒドゥンを屠り、そしてディカリアの面々すらも撃破した破壊の天使とは思えない、華奢な身体。

 それでも、彼女は間違いなく目的を果たした。彼女の目的を聞いて、それをずっと側で見てきた僕にとっては自分のことのように嬉しい。

「あらあら、私たちのことは無視ですか? 私も、できればタカトくんに抱き締めてもらいたいのに」

「な、生徒会長!? 何を血迷ったことを口走っているんだ!」

 ササコ先輩は相変わらずの柔らかい表情で、ホノカは文字通り耳まで真っ赤にしながら言う。それでも、僕はクレインを離すつもりはなかった。

「ちょっと、タカト……さすがに、恥ずかしいわ。でも、どこか落ち着くわね。正直、このまま眠ってしまいそうだわ――」

 かくん、とクレインの身体から力が抜ける。耳元で聞こえる小さな寝息。本当に眠ってしまった様子のクレインを支えるようにそっと抱く僕。ホノカとササコ先輩が駆け寄る。

「アミナとの戦いを経て、疲れたのでしょうね。実際に目の当たりにしたわけではありませんが、壮絶な戦いだったことは想像に難くありません。今はゆっくりと寝かせてあげましょう」

「そうだな。ところで生徒会長……いや、ササコ先輩。もし可能ならば、これから私たちの家に来ないか? ゆっくりと話がしたい」

「ええ、喜んで。タカトくん、クレインさんをよろしくお願いしますね」

 空が白く明るみを帯び、夜明けが近い時間。羽のように軽いクレインの身体を背負い、激戦の舞台になった校舎を後にする。未だに爪痕の残る校舎は、やがて彼女たち執行兵の記憶操作を施された人間が元通りに直すのだろう。この世界に彼女たちがいたという事実は、僕だけが知っている。隠さなければいけない重要な秘密。それは、今後しばらくは続きそうだった。

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