第十章 - Ⅻ

「あ、ぁ……」

 唖然とするアミナを他所に、クレインはファロトの盾でアミナを殴打し、倒れ伏したアミナの右腕を盾と自分の足で押さえつけ、床へと組み伏せた。そのまま、ズルリと槍を引き抜く。ファロトの盾で右腕を押さえられたアミナは、足の怪我もあってか抵抗することすらできない。槍の先端からアミナの血液が滴り落ちた。

「く、そ……ッ」

「はぁッ、終わりよ、アミナ」

 槍を逆手に持ち替え、アミナの胸へと突き立てるクレイン。あと数センチ、槍の先端が動けば、アミナの命は絶たれる。そんな瞬間に、何を思ったかクレインは槍を一度引いた。

「なんだよ、早く殺しやがれ。情けでも掛けようってのか? 一番憎い相手が目の前にいるのに、ぶっ殺してやりたいと思わないのか?」

「思うわよ。殺すだけじゃ足りない。一番大切な人を奪ったあなたの尊厳という尊厳を全て粉々に打ち砕いて、殺したいわ。そのくらい、あなたは憎い相手よ。でも――」

 上手く言葉に出来ない現状を、一度飲み込むような仕草を見せたクレイン。そして。


「――あなたには聞いておかなければいけないことがあるわ。最後にお姉ちゃんとどんな話をしたの?」


 クレインの瞳が、涙で滲む。ぽろぽろと零れた雫が、アミナの頬へ滑り落ちた。クレインは、ルーシャさんの最期に立ち会っていない。その場にいたのは、アミナとササコ先輩だけ。ササコ先輩はファロトを託されただけで、話はしていない。

 ルーシャさんが放った今際の言葉を知る権利がクレインにはある。仇を見つけ、こうして見事討ち果たさんとしているクレインには。

 ようやく聞ける。その安堵からか、クレインは尚も涙を零した。

「は……っ、ヒドゥンを殺しまくったお前でも、ちゃんと涙は温かいんだな。少しだけ安心したよ」

 一呼吸の後、アミナは語り始める。

「まあ、アタシに対する恨みつらみはもちろんだが、お前のことも話していたよ。必ず、妹が私の復讐を果たすはずだとな。その頃のアタシは、お前のことを戦闘経験もロクにない、ただの後輩としか見てなかった。そもそも会ったこともなかったしな。だからルーシャの言葉も笑い飛ばした」

 ある種、ルーシャさんの予言通りとなっている結末。アミナもまさかルーシャさんの妹であるクレインに討たれるとは夢にも思っていなかったはず。

「そう、だったのね」

「ああ。ディカリアの目的と、アタシの野望。それをアイツは理解しなかった。それどころか、こんな種まで蒔いて死んでいきやがった。こんなことなら、もっと早く始末しておくべきだったのかもな」

 諦めたように、アミナはだらりと力を抜いた。

「アタシは何か大きなことをしてみたかった。誰もが羨むくらいの、大きなことをな。そんなとき、ヒドゥンが目の前に現れた。奴らの正体は未だに分からない。でも、利用価値はあった。それが上手く行っちまったもんだから、アタシも調子に乗った。アタシたちの世界とは違う、人間の世界があることは知っていてな。ルーシャとも夢を話したよ、いつか人間の世界へ行くって」

「お姉ちゃんと? あなたが?」

「ああそうだ。そんな世界を手中に収めることができたら、アタシは文字通り頂点になれる。そのために、ヒドゥンを利用することを考えた。ま、後はササコが勝手に語るだろ。竹谷タカトは、知ってるみたいだしな」

 アミナの視線が僕へと向いた。よろよろと立ち上がりながら、僕はクレインの傍に行く。

「ええ、知ってます。ヒドゥンを放ったのはあなたで、その対策部隊である執行兵を創設したのもあなただった。でも、それを疑問視したルーシャさんは上層部へ働き掛けて、クレインたちの養成を依頼したんですよね」

「その通りだ。全く、最後まで気が抜けねえよな。アタシの野望も、ここで終わりだ」

 アミナがどうしてこんな行動を起こしたのか。その理由は、至極単純な物だった。そして、アミナとルーシャさんもまた、親友だった。僕たち人間の世界に思いを馳せる、異世界の存在だった。

「だがな、クレイン。アタシが作った時空の歪み、ゲートはまだ閉じていない。あれがある限りヒドゥンは人間界にやってくる。ルーシャと同じように、アタシが蒔いた種も芽を出すかもしれない。お前たちの戦いはこれからも続くんだ、覚えておけ」

 敵ながら、執行兵としての助言なのだろうか。アミナがここで死んで、ようやく真の意味での執行兵が成立することになるのだが、それは同時に果てしなく長い戦いの幕開けを暗示しているようにもうかがえた。それでも、クレインは。臆することなく、また言い淀むことなく、告げる。

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