第十章 - Ⅺ
現実を受け止めきれないのは、光を放ち続けるファロトを携えたクレインも同様だった。僕の身体とリンクするように治癒していくクレイン。彼女の身体に回っていた毒は全て消え去ったのだろうか。クレインの身体の震えが全て幻だったかのように収まる。
「お前、どこまで奇跡を起こせば気が済むんだ。こっちはこれで全力だってのに、これ以上アタシをムカつかせるとはいい度胸じゃねえかッ!」
アミナの攻撃に対し、クレインは反応が少しばかり遅れる。至近距離からの振り下ろし。まともに受ければただでは済まされないような剣戟だ。しかし、ヒドラの刃がクレインに届くことはなかった。クレインは何も行動をしていないにも関わらず、彼女を護るように、光の粒がヒドラを受け止めたのだ。まるで光の障壁と化したそれは、初撃に続いて二度三度と刃を振るうアミナの、全ての攻撃を無力化していく。
「くそッ、どうなってやがる? そうか、傷の治癒だけでなく、全方位に及ぶ障壁……厄介な力だな、ルーシャ!」
アミナがクレインではなくルーシャさんの名を出したのは混乱のためか、それとも何かの狙いがあってのことなのか。僕にはまるで分からない。彼女は状況を飲み込めていないながらも、ファロトが持つ治癒と障壁の力に順応し、距離を取った。
「これも、お姉ちゃんが授けてくれた力なのね。アミナ、もう一度言うわ。私はあなたに負けたルーシャじゃない。確かにルーシャと似た姿で、ルーシャと同じ武器を使うけれど、ルーシャにこの力は引き出せなかった。あのとき、ルーシャを斬ったときとは条件が違うわ。それでもあなたは、私に勝てるのかしら?」
光を纏ったクレインは、神々しく輝く。光に溢れた瞳が、アミナを捉える。「お姉ちゃん」という言葉を使わず、ルーシャさんの名を紡ぐクレイン。アミナがルーシャさんの名を出したことに対する返答の意味もあるのか、もしくは、自分をルーシャさんではない「クレイン」だという主張なのか。アミナは、奥歯を強く噛み締めた。
「挑発するんじゃねえよ、クレイン。お前じゃなく、ルーシャに対して言ったんだ。お前のことなんざ最初から――」
「眼中にない、かしら? でも残念ね。今あなたと対峙しているのはクレイン。ルーシャじゃないのよ。現実逃避もいい加減にして欲しいわね」
「――ッ!」
アミナが、初めて口を噤んだ。クレインの姿に、ルーシャさんの影を重ねてしまっていたであろうアミナ。動きが、明らかに鈍くなっていく。その場から逃れようとするように、クレインから距離を取る。その一瞬の隙を、クレインは見逃さなかった。
「はぁッ!」
クレインの踏み込みは鋭く、それでいて軽やかに。屋上のコンクリートを打つヒールの音に心地よささえ覚えてしまいそうだった。右足と同時に、突き出したファロトの槍。その先端が、ついにアミナを捉える。ヒドラで抵抗することすらままならない。アミナの太股が、ファロトにより貫かれる。
「うぐッ……!?」
アミナの動きが止まる。ヒドラからは未だに毒の霧が発生し続けているが、光の衣を身に纏ったクレインにはまるで意味を為さなかった。そればかりか、クレインの持つ浄化の光に掻き消され、徐々に勢いが弱まっていく。
「こんな、こんなことがあってたまるかッ! アタシは、アタシは――!」
足を貫かれているにも関わらず、アミナは強靭な精神力を持って尚もヒドラを振るう。しかし、当然のように刃は届かない。ファロトの盾により、全ての斬撃は水泡に帰す。当初の攻勢とは打って変わってしまった立場。弱々しくも繰り出され続ける斬撃を、クレインは憐れむような顔で見つめながら、捌いていく。
額に大粒の汗を浮かべつつ、届かない刃を振るい続けるが、ついにアミナの体力にも限界が訪れた。
「っあ、アタシ、が……ルーシャの妹ごときに、負ける……? そんなこと、アタシは認めないっ!」
後ろ向きな言葉とは裏腹に、アミナは右手でヒドラの柄を思い切り握り込み、最後の力で振り下ろす。しかし。
「自分の命を奪う相手の名前くらい、ちゃんと覚えておきなさい」
ファロトの盾が、横薙ぎに振り払われる。纏われた光の力も相まって、一方的にヒドラの斬撃を封殺する。それにより、ヒドラは弾かれ、アミナの手から離れた。天高く舞うヒドラの刀身は、やがて回転しながら落下し、屋上のコンクリートへ深々と突き刺さる。
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