第九章 - Ⅴ
クレインがアマトを携え、アミナへ向け突進を敢行した。すかさず放たれたキララの矢を片方のアマトで弾きつつ、本命への肉薄を図る。
「は、まるで何も考えてないな。ササコ、キララ、あっちのホノカと竹谷タカトを殺せ。アタシはこいつを殺して、ルーシャとの因縁に決着をつけてやるよ。はぁッ!」
真夜中の体育館に似つかわしくない、鋭い金属音が響いた。クレインのアマトの先端は勢いよくアミナへ向けて突き出されたが、それは刃の腹で受け止められる。その奥から、アミナの嘲笑にも似た笑みが覗いた。
クレインとアミナが激しく武器を交えると同時に、先輩とキララも動いた。
「だってさ、ササコ。行こっか?」
「ええ。ホノカさんは私と戦いたいと顔に出ていますね。でも、あなたの相手はキララです」
ホノカと僕へ近づくササコ先輩とキララ。自分の相手だと決めつけられたことに憤ったホノカが、先輩をキッと睨みつける。
「貴様、丸腰の人間を狙うつもりか?」
「すぐに殺そうってわけじゃありません。ただちょっとお話がしたいなって思っただけです。では、そういうことで」
「キララはすぐにタカトくんを殺しちゃった方が早いと思うんだけどなぁ……まあいっか、いっくよー!」
既に
「へえ、クレインちゃんより反射神経がいいんだね? キララ楽しめそうだな~」
「お褒め頂き光栄だ。タカト、こっちはすぐ片づける。何としても生き残れ!」
一番の脅威であるキララの矢を阻止すべく、ホノカは近距離戦に持ち込もうとしている。各々が戦闘に移る中、僕はササコ先輩とふたりきりになった。武器を携えた彼女を正面から見据える。逃げ出そうにも、背を向けた瞬間にあの仕込み刀、メリンで八つ裂きにされてしまうだろう。そう考えると逃げたくても逃げられない。
「ふふ、クレインさんもホノカさんも、私がすぐにタカトくんを殺さないと思っているのかもしれませんね。だからこそ、こうやってあなたと私をふたりにした。私たち、信頼されているのかもしれませんよ?」
先輩は、メリンの先端部分を愛おしそうに撫でる。抜き放ったら、隠された刃が現れるはず。背筋が凍り付くような感覚。ホノカに言われた通り、何としてもこの場を切り抜けるしかない。逃げ腰にならないよう姿勢を正しながら、僕は先輩に向き合った。
「信頼、ですか? はは……僕は人間ですよ?」
「人間も執行兵も関係ありません。現に、クレインさんとホノカさんはタカトくんに好意すら持っている。私はそう感じています。とはいえ、結局は生きる世界が違う。あなたはヒドゥンに狩られる者、彼女たちはヒドゥンを狩る者です。共存は難しいのかもしれませんね」
短く息をついた先輩。遠巻きに戦闘を繰り広げる四人を一瞥すると、再び視線を僕へと戻した。
「ところで、タカトくんはヒドゥンについてどれだけ知っていますか?」
「えっ……?」
予想外の質問だ。ヒドゥンについて知っていることは限られる。それは奴らを狩るクレインたちでさえ、詳細は理解していないように。
「ヒドゥンについてです。当然、タカトくんが満足に答えられないのは承知の上です。私はあなたが考えを巡らせている間に斬りかかるなんて無粋なことはしませんから、どうぞ?」
言葉通り、ササコ先輩は武器を一旦下ろした。火花と金属音が轟く中、頭に浮かんだ単語をひたすら並べてみる。
「ヒドゥンは、得体の知れない存在で、人を襲って、食らうことを目的として僕たちの世界に来ている。そのくらいしか、知りません」
「そうですね。ヒドゥンの正体については、私たちの世界でも判明されていません。奴らは私たちの世界で、何処からともなく現れます。グルタ型、オール型、アニル型、マンニット型、コハク型……もっと、多種多様な存在が確認されるのでしょうね」
先輩が、ディカリアの構成員であるはずなのにヒドゥンを「奴ら」と呼称したことが、引っ掛かる。
「奴らがどうして人間界に降り立てるのか。人間界と私たちの世界の間に、大きな次元の歪みが生まれているからです。ヒドゥンも、私たちも、その歪みを通して人間界に来ました」
クレインと出会ったあの日、彼女の口から語られたことの中に次元の歪みの話があった。クレインは「ゲート」と呼称していたが、未だにその正体は分からないままだ。
「歪み……クレインからも聞きましたけど、どうしてそんなものが」
「さあ、どうしてでしょうね。いつから開いたのか、そもそも誰がどうやって開けたのかさえ分かっていないのです。と、ここまでは表向きの話です」
ササコ先輩の口調が、がらりと変わった。手にしたメリンを、ゆっくりとした挙動でクレインと武器を交えるアミナへと向ける。
そして、衝撃の事実を、紡ぐ。
「――歪みを生んだのは、アミナです。アミナはヒドゥンを飼い慣らし、共に人間界への道を形成しました。結果、人間界にヒドゥンが蔓延るようになった。事態を重く見た上層部は、まさかアミナが加担しているとは思わずに、彼女を中心とした部隊を作り、武器を与え、ヒドゥン討伐の任務に当たらせた。それが、執行兵の始まりです。全ては、アミナの手の中で仕組まれたことだったのです」
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