第九章 - Ⅳ

 夕食を経て、僕、クレイン、ホノカの三人は、身支度をして高校へと向かった。夏休みの終了間際の深夜、当然のように人の姿はない。僕たちも制服ではなく、私服姿だ。正々堂々と校門から入るのは罠の可能性と他の人間に見つかるリスクを考えて裏口から潜入することにする。

「なんだか、悪いことをしている気がするな。呼ばれて来ているというのに」

 出会ったときと同じリボン付きのワイシャツに黒スキニーという格好のホノカが、苦笑をしながら言う。既にヴァリアヴル・ウェポン「サトラ」、日本刀型の武器をその手に携えている。

「何もなければ、不法侵入者でしょうね。ただ、私たちには目的がある。例え罠だったとしても、奴らを必ず倒して見せるわ」

 純白のドレスワンピースの裾を揺らしながら強気な口調で話すクレインも、ホノカと同様に槍型のヴァリアヴル・ウェポン「アマト」を生成して警戒している。校庭にはアミナたちの姿はない。となると、校舎の中か。いつどこから現れるか分からない敵の姿に、先程から嫌な汗が背中を伝っている。

「ん……? おい、あれを見ろ」

 校舎の中は当然のように鍵がかかっていて入れない。しかし、そこでホノカがある一点を指さした。

 体育館だ。普段は静かに閉ざされたままの重厚な木製の扉が、なぜか僅かに開いている。明らかに怪しい光景。このまま中に入ったら、複数のヒドゥンに囲まれてあの世行きなのかもしれない。

「クレイン、どうする?」

「行くしかないわ。私が先頭で入るから、タカトも続いて。ホノカは後ろに警戒しなさい」

「分かった。クレインも気を付けろ」

「言われなくても――」

 僅かに開かれた罠。クレインはそれを、自らの肩で押し込むように、体育館の中へと転がり込んだ。

「タカト、ホノカッ!」

 クレインの声に続き、僕とホノカも続く。虫の音が聞こえる野外とは打って変わり、しんと静まり返った空間が目の前に広がる。瞬間、体育館の照明が、一斉に灯される。


「――来ると思ったぜ、クレイン。それと、ホノカと竹谷タカト」


 壇上に座り込んでいたのは、クレインの宿敵。

 生成された大剣を携えたまま、不敵な笑みを浮かべている。

 しかし、その目は獲物を狙うように、ぎらりと輝く。見据えるのは、正面を切って体育館へと突入した、クレイン。

 沈黙が走る。微かな息遣いまで聞こえてしまいそうだ。ほんの少しでも隙を見せたら、あの大剣の餌食。きっとクレインもホノカも、同じことを考えている。

「呼んだのはあなたでしょう? それにしても、随分と寂しい歓迎なのね。あなたのことだから、配下のヒドゥンでも引き連れているんじゃないかと思っていたわ」

「ヒドゥンの数にも限りがあるんだ。お前たちが殺しまくったせいで、個体数はどんどん減ってる。アタシたちの計画も、遠退いていく一方だ。それに――」

 壇上から勢いをつけて飛び降りたアミナ。ブーツの底を鳴らし、着地する。視線をゆっくりと上げていき、手にした大剣の切っ先を僕らに向けた。

「今日は、乱入なしの殺し合いと行こうぜ。アタシたちも全力でやらせてもらう。お前たちが後輩だろうが容赦はしない。なぁ、ササコ?」

 僕たちから視線を外したアミナは、そのまま壇上へと一瞥を投げた。こつん、と軽快な靴音と共に、薄手のフレアスカートが揺れる。

 ――ササコ先輩は、既に仕込み刀のヴァリアヴル・ウェポンを生成し、壇上から僕たちを見下ろした。見つめるもの全てを飲み込んでしまいそうな瞳からは、言葉にできない程の威圧感が溢れていた。

「そうですね、アミナ。今夜の戦いで全てが決まります。手加減する気はもちろんありませんが、せめて楽しみたいものですね」

「生徒会長……戦いを楽しむ、だと? 随分と下に見られたものだな、私たちも」

「ホノカさん、それは違いますよ。余裕だからという意味ではありません。純粋に、あなたたちの力を図りたいのです。それも下に見ているという認識になってしまいますか?」

 ササコ先輩は壇上から階段を使い、ゆっくりと降りていく。夏休み前の彼女を連想させるように。アミナの隣に並び立ちながら、ひとつ、柔和な笑みを浮かべた。その表情とは裏腹に、言葉からは相当な自信が感じ取れた。

「負けるはずはないって思っているのね。上等だわ、後悔させて――」

 そのときだった。アマトを構えたクレインの横顔擦れ擦れを、何かが通り過ぎる。体育館の床に深々と突き刺さった矢。僕の肩に撃ち込まれたものと全く同じだ。そして、体育館に響く笑い声と、薄暗い照明の中でも映える金色の髪。万全の状態ではないはずのキララが、にこやかな笑顔で舞台袖から姿を現す。

「あはははっ、後悔しちゃうのはクレインちゃんたちじゃないかなー? あの弓矢の子もいないし、タカトくんを狙い放題だね?」

「くッ……」

 キララの言葉を受けたホノカが、僕の前に立ち塞がる。サトラを中段に構えながら、傍らのクレインへ小さく声を掛けた。

「私が生徒会長とキララを引き付ける。クレイン、お前はアミナを止めろ。ルーシャさんの仇だ、頼んだぞ」

「あなたに重労働を押し付けたわけじゃないからね。でも、感謝するわ。これで、アミナと存分に戦える――アマトっ!」

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