第九章「背信の刃」

第九章 - Ⅰ

 ディカリアとの壮絶な戦闘の後。クレイン、ホノカと共にミオリ邸に戻った僕は、突き刺さったままの矢を摘出する手当を受けた。麻酔も何もない状況、当然、痛みは想像を絶するものだった。

「っぐ、うッ……あああッ!」

「痛むか? なるべく早めに終わらせる。それまで、どうか辛抱してくれ」

 治療をしてくれたのはホノカだ。患部の両端をタオルで縛り、矢を抜いて、素早く止血を行う。手際の良さもあってか、矢が摘出されてからは強烈な痛みは鳴りを潜めた。

「はぁっ……ありがとう、ホノカ。助かったよ」

「礼には及ばない。私はあのコハク型との戦闘を続けることに必死で、そちらまで気が回らなかった。私がヒメノに頼らずにコハク型を倒せていればと思うと……申し訳ない」

 僕の右肩に包帯を巻きながら眉尻を下げるホノカ。思わず首を横に振った。

「そんな、ホノカはよく戦ってくれたよ。あのコハク型だって、ホノカが隙を作ってくれなければ倒せなかったし……それに、初めて見た型なんだから」

「それはそうだが、結果的にヒメノを失うことになった。私にも責任がある。この借りは、必ず返す。そのためにも、今度は然るべき対策を取らなければいけないな」

 包帯が綺麗に巻かれた僕の肩を見て、ホノカは小さく頷く。摘出された矢はキララが放ったもの。未だに消えていないということは、キララは重傷を負いつつもこの世界に存在しているということだ。

 去り際のアミナの言葉。今夜、本当に対峙してもいいのか。僕はまだ、彼女たちの考えを聞いていない。

「ねえ、ホノカ。今夜、本当に高校に行くの?」

「何を今更。無論、私は行くつもりだ。例えクレインが行かないと言ってもな」

 首から下げられたネックレスを握り締めるホノカ。彼女の意志はやはり固いようだ。僕が懸念しているのは、アミナの言葉が罠ではないという確証がないこと。高校に行ったはいいもの、多数のヒドゥンに囲まれて無残に食われてしまう可能性も十分にある。

「でも、もし……」

「罠だったら、と考えているのか? 私たちの身を案じてくれているのなら、君は優しいな。だが、例え罠であったとしても、この命が尽きるまで戦う。それが、倒れていったミオリとヒメノへのせめてもの償いだ。それに」

 ホノカは一呼吸置くと、深紅の瞳で僕を見つめた。

「アミナは、私たちのような後輩相手に罠を張るような狡猾な執行兵ではない。あの生徒会長ならばやりかねないが……少なくとも、アミナ自身が奇策を企てることはないだろう。私の勝手な推測だ、クレインの同意が得られるかどうかは分からないが」

「そう、だね」

 当のクレインは「少し外を歩いてくる」と家を出ている。今はホノカとふたりきりだ。まだクレインがホノカを追っていたころが懐かしく思える。あの時もこうして、ホノカと家にふたりという状況があった。

 クレイン自身も、気分転換がしたかったのかもしれない。強大な敵の力を目の前で感じ、攻撃を受け、そして仲間を失った。その事実は、彼女の心に深い傷を残したはずだ。ミオリを失ったヒメノのときもそうだったが、クレインの心中を思うと、胸が締め付けられるような錯覚に陥る。

「タカト、クレインのことが気になるのか?」

 不意に、ホノカが僕の顔を覗き込むように問いかけてくる。知らず知らずのうちに縮まった距離。一瞬、どんな反応をしたらよいか分からなくなるが、自分の気持ちを整理する意味でも、言葉に出した。

「うん。きっと、辛いと思って。だから僕たちと行動せずに、ひとりになりたかったのかなって……あ」

 そこで、目の前にもうひとり、深い悲しみを味わっているであろう人物がいることに気づく。クレインだけではない。当然、ホノカもそうだ。同期として戦ってきた仲間を失い、更にコハク型に阻まれ満足に戦闘ができなかった経緯もある。

「ごめん、君のことを考えてなかったわけじゃないんだ」

 しばしきょとんとしていたホノカだったが、思い当たる節を見つけると苦笑いを零す。

「私? ああ……当然、私も無力さを覚えた。アミナに私の刀は届かなかった。あの状況で無策に斬りかかったとしても、返り討ちに遭っていただろうがな。ただ、いつまでも悩んでいるわけにはいかないという気持ちの方が強い。悩んでいる暇があるのなら、少しでもディカリアへの対策を講じるべきだと私は思う」

 そうだ。新しいヒドゥンの方が現れないとも限らないが、ディカリアの面々の武器や能力は把握できている。ホノカの言う通り、対策を講じて少しでも戦闘を有利にすることを考えた方がいい。後ろ向きになっている時間はないのだ。

「うん。ホノカは強いね。戦いもだけど、考え方も」

「私は常に、退路のことは考えていないからな。だからこそ、恐怖を押し殺せているのかもしれない。クレインは、ルーシャさんが敗北した相手にだいぶ委縮していた様子だが」

 そのときだった。


「呼んだかしら、ホノカ」

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