第八章 - Ⅹ

「タカトっ、死にたいの!?」

 クレインの訴えるような瞳は何処となく潤んでいるように見受けられた。僕だって死にたくはない。ただ、仲間の命が危険に晒されている現状、黙って見過ごすわけにはいかない。

「僕のことなんてどうでもいいんだ、ヒメノが!」

「しょく、りょう、さん」

 口の端から鮮血を零しながら、ヒメノが僕に手を伸ばす。僕は無意識の内にその手を取って、半ば震える声で彼女の名を呼んだ。

「ヒメノ……」

「油断、していたみたいです。相手は食料さんから聞いていたアミナ、ディカリアを統率する者……そんな彼女に、隙を見せていいはずはなかった」

 アミナはそんなヒメノの言葉を聞いていたが、武器を構えてホノカと対峙するだけ。続いて襲ってこようとはしなかった。

「ヒメノ、あなたまで……ッ、立てるでしょう? 立ちなさい! まだ、あなたの役割は……!」

 クレインの懇願も空を斬るように、ヒメノの身体には光の粒が浮かび上がった。先ほどのコハク型や、昨日のミオリ、ヒトヨと同じ。執行兵の再生能力をもってしても、この傷は癒せないのだ。

「クレイン。残念ですが私は、もう立てないみたいです。御覧の通り、昨日のミオリと同じ状況で……助かる見込みは、ないかと」

 こういう時にまで冷静な分析をされると、いたたまれない気持ちが膨張してくる。クレインもきっと同じ思いだ。今はホノカがアミナを足止めしているが、そうでなければ一刀の元に斬り殺されてしまうのが関の山。アミナの強大さ、戦闘能力の高さの見積もりを誤っていた。

「そんなっ……」

「ですが、こんな私でもお役に立てたのなら、嬉しいです。ミオリと同じ所へ行けますし、もう、悔いはありません」

 ヒメノはゆっくりと瞳を閉じた。彼女の身体を覆う光が、強くなっていく。

「ヒメノッ!」

 叫んだクレインと何もできずにいた僕に対し、ヒメノは最後に微笑みを見せた。


「クレイン、あなたなら絶対に、アミナを倒せます。食料……いえ、タカトさん。クレインのこと、よろしくお願いしますね。意外と向こう見ずなところがあるので、タカトさんがストッパーになってくださると嬉しいです。っあ、はッ……もう、おしまいみたいですね――」


 ヒメノの身体と武器が強い光に包まれたかと思うと、一瞬にしてそれが弾ける。

 ミオリのときと同じだ。もう、そこにヒメノはいない。


「っ、は……ぁ、アミナ――」

 ヒメノが消えたその瞬間、両手のアマトを握り締めつつ、クレインはアミナに向き直った。アミナを鬼のような形相で睨みつつ、いつもより格段に低い声で、肺の中の空気を全て押し出すように言う。

「許さないわ……お姉ちゃんだけじゃなく、ヒメノまで――!」

 クレインの姉、ルーシャさんは、鎖骨から脇腹までを斬り裂かれて殺された。ヒメノの傷は、まさしくそれに等しい。正確無比な袈裟斬り、そんな芸当ができるのは目の前のアミナしかいない。

「お前たちだってヒトヨを殺しただろ、それと何が違うんだ? まあ、最終的にどっちが生き残るか……アタシは負ける気はしないけどな」

 大剣のヴァリアヴル・ウェポン、ヒドラを振りかぶり、武器を構えるクレインとホノカに向ける。が、次の瞬間、その構えを解いた。訝し気な顔をするクレインたちに向かい、空を指さす。

「だが、今日はタイムリミットだ。じきに人間たちが来て騒がしくなるだろ、決着は後日だ。そうだな……今夜、お前たちが通う高校で待ってる。ササコもキララも一緒にな。罠だと思うなら勝手にしろ、じゃあな」

「っ、待ちなさい!」

「待て、アミナッ!」

 クレインとホノカはほとんど同時に叫ぶが、既に遅い。彼女たちに背を向けたアミナは、そのまま虚空に消える。どのような原理かは定かではないが、少なくとも彼女たちの前から消えたのは事実。

 再び、夜明けの近い公園を静寂が支配した。クレインは右手のアマトをその場へ叩きつけ、うずくまる。

「く、ッ……うう、何も、何もできなかった――」

「クレイン……」

 そんなクレインの肩を抱き、少しでも落ち着かせようと背中を撫でるホノカ。クレインの気持ちは痛いほど伝わってくる。しかし、ヒメノが倒されたことも、アミナに歯が立たなかったのも、事実。

 僕はそのとき、初めてクレインの涙を見た。泣き崩れるクレイン。僕には、どうすることもできなかった。

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