第八章 - Ⅸ

 しかし。クレインは、すぐに斬り込もうとはしない。無策で突撃しても、返り討ちに遭うことは重々承知していたからだろうか。代わりに、手にしたアマトを握りしめた。

「っ……当たり前、よ。あのお姉ちゃんが殺されたのよ? 誰よりも強かったお姉ちゃんが。その張本人を前にして、恐怖を感じないはずがないわ。はっ……弱い執行兵だと罵るのなら罵っても結構よ。絶対に、後悔させてあげるけどね」

「減らず口だな。マジで斬り殺されたいのか、あぁ!?」

 アミナも決して冷静というわけではない。後輩に言われてしまえばカチンと来るのも頷ける。アミナの冷静さを欠くこと。それが、クレインとヒメノの狙いなのだろうか。

「いいわ。掛かって来なさい。赫熊アミナっ!」

「クソが、言われなくても……ッ!」

 アミナが地面を蹴る。クレインの身体を文字通り袈裟斬りしようと振りかぶった大剣。ヒメノの矢を撃ち込むならば今というとき。しかし、何故かヒメノは、遠巻きに戦うホノカとコハク型の方へと向いていた。

「頼んだわよ……ヒメノッ!」

「ええ――当たって、くださいッ!!」

 アミナの重い一撃が、クレインを捉える寸前のこと。ヒメノに引き絞られた矢は、放たれると同時に、一本の光の線となる。その軌跡が、直線状にいるヒドゥン……コハク型の、左胸に吸い込まれた。

「――……!?」

 突然の遠距離攻撃に事態を飲み込めていない様子のコハク型。ホノカは切れる息を整えつつ、矢を抜こうともがくコハク型を見つめる。が、ヒメノの矢は深々と、僕が見破った弱点を正確無比に穿っていた。手にした得物を振り落とし、音もなく地面へと倒れるコハク型。グルタ型や他のヒドゥンたちと同様、光の粒となり徐々に消えていく。

「は、あ……ッ、これで、ホノカも――!」

 アミナを狙おうと精神を集中させていたのだろう、その場でバランスを崩すヒメノ。ヒドゥンが倒された瞬間、僕の位置からは見えていた。クレインよりも、ホノカよりも、一足先に行動する敵の姿。


 ――そう、赫熊アミナの姿を、だ。


 斬りかかろうとした相手であるクレインから素早く標的を移し、低い姿勢でヒメノに襲い掛かるアミナ。

「ヒメノ、逃げ――!!」

 近くに他のヒドゥンや執行兵が潜んでいるかもしれない可能性を捨てきれずにいた僕だったが、そのときばかりはヒメノに危険を知らせようと遊具の影から躍り出た。ずきん、とキララの矢を受けた右肩が痛むが、そんな場合ではない。

 アミナの行動に気づいたクレインとホノカは、ほとんど同時に動き出した。アマトとサトラが、ヒメノへの攻撃を阻止しようと煌めく。しかし。


「――はっ、少しはやるじゃねえか。アタシの隙を狙ってそっちを倒すとはな」

「え……――?」


 ヒメノが振り向き、アミナに気づいたとき。彼女の身体には、一筋の斬撃が走っていた。

「っく、は……ッ!?」

 薄い紙を、ただ単に斬り捨てるように。アミナの大剣は、ヒメノの身体を袈裟斬りする。

 その光景を、どこかで見たことがあるような気がした。耐えがたいほどの既視感は、この状況を飲み込みたくないという僕の防衛本能なのかもしれない。

 クレインとホノカの攻撃が届く瞬間。アミナはその場で身を屈め、高く跳躍した。ふたりの攻撃を避けつつ、離脱を図る。

「っ、ヒメノ……ヒメノっ!!」

「この……まさか、ヒメノを狙うとは――!」

 クレインはヒメノの介抱を、ホノカはサトラを構えてアミナへの威嚇を始める。アミナの武器、ヒドラの刀身には、ヒメノの鮮血がべったりと付着している。一撃の出来事。ヒメノの攻撃によって僕たちの意識がヒドゥンに向いている中、アミナだけは冷静だった。

「あぁ? この期に及んで卑怯だとか抜かすなよ? 遠距離攻撃のヴァリアヴル・ウェポンは脅威だ。味方につける分には心強いが、な。アタシは不安因子を排除しただけ。そうだろう?」

 肩で息をするヒメノは、自分が断ち斬られた現実を受け止められないように、口をぱくぱくと動かしている。公園の地面には鮮血が止め処なく溢れ出ていた。対する僕は、まさに昨日も見てしまった光景故に、身体中の震えが収まらなかった。アミナがいるにもかかわらず、ヒメノの傍へと駆け寄る。

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