第八章「喪失、そして」
第八章 - Ⅰ
ササコ先輩とヒトヨというディカリアの面々と刃を交え、何とかヒトヨを討ち取ることに成功したものの、唯一無二の仲間であるミオリを失ってしまった僕たち。彼女の痕跡は文字通り、何ひとつとして存在しない。
喪失。そんな言葉がこれほど身近に感じられるとは思わなかった。
「そうか……ミオリが」
あの後、ミオリ邸に移動した僕たちは待機していたホノカも交えて作戦を練り直した。この場にいるのはホノカの他には僕とクレインだけ。ヒメノは、帰るなり二階の部屋へと籠ってしまった。彼女の複雑な心情を察すると、胸が痛い。
「長くなったけれどそういうことよ。鎌女は倒せたけれど、生徒会長はきっとまた私たちを襲ってくるわ。タカトの家も、安全な場所ではなくなったということね」
「そうだな。となると、むしろタカトのご両親が旅行に行かれている間は、タカトはこの家に居た方が安全かもしれないな。タカトはどうだ?」
僕の家の復旧は未だに終わっていないはず。あの暗闇の中にいたら、確かにいつ襲われてもおかしくない。クレインやホノカと居た方が安全だと踏んだ僕は、こくりと頷く。
「決まりだな。明日、準備をして家に来てくれ。ヒメノのことは……しばらく、そっとしておいた方がいいかもしれないな」
ヒメノにとって、ショックが大きすぎた出来事。一番の友人同士といっても過言ではない彼女たち。そんな存在を失うのは、果たしてどんな気持ちなのだろう。
僕にとっても、ミオリはもっとも付き合いの長い執行兵。彼女たちの存在を知る前から、ミオリは気の置けない友人だった。僕も、無視の出来ないくらいの喪失感を覚えている。
「うん……クレインもホノカも、無理はしないでね」
「無理はしないわ。執行兵である以上、ヒドゥンに殺される事例だってある。ただ……仲間を失うのがこんなに辛いとは、思わなかったわね」
クレインは表情には出さないだけで、ミオリの死に際して心を痛めているのは確かだ。
「私は直接目にしたわけではないが、もうミオリに会えないと思うと心苦しい。ヒメノの気持ちもよくわかる。ずっと、一緒に暮らしてきたんだからな。でも、犠牲を無駄にしないためにも、ディカリアを討つ。それが私たちの使命だ」
「そう、ね。今は、アミナを倒す事だけを考えた方がいいのかも。タカト、今日はひと先ずここに泊まって、明日荷物を取りに帰りましょう」
「うん、分かった」
楽しいお泊り会はもう幻想だ。ディカリアの影と対峙をしなくてはならない。武器も使えず、戦えないなりにできることはあるのだろうか。ディカリアの連中がヒドゥンを引き連れでもしない限りは、僕のこの力は生かせないのかもしれない。が、少しでも彼女たちに寄り添うことができたのなら。きっと、執行兵の力になれる。今回のヒメノのことも、僕が話をしてみる価値は十分にあるはずだ。
「あのさ、クレイン。明日、ヒメノと話をしてみるよ」
「ヒメノと? あなたが? あまりお勧めはしないけど、このままでも埒が明かないし、いいと思うわ。悲しいのは分かるけど、いつまでも引き摺っているわけにはいかないから。残りのディカリアの連中がどんな武器を使ってくるか分からない以上、ヒメノのネブラは強力な牽制になる。早いところ元の調子を取り戻して欲しいものね」
その願いは僕も、恐らくホノカも抱いているものだ。ただ、彼女の心を埋めるのは相当な時間がかかる。そのときの僕は、ヒメノの決意も知らずに、そう思っていた。
翌日。自宅の電気の復旧は終わっているようだったが、この場所で壮絶な戦闘があったという事実は周りの誰も知らない。最低限の荷物をミオリ邸へと運び出す作業。その間も、クレインが辺りを見張っている。
「さすがに白昼堂々現れたりはしないわね。奴らも」
「そうだね。昼は目立つし、先輩たちも夜を狙ってくると思うんだ。この前の接触がイレギュラーだっただけで」
大きめのリュックに着替えなどの生活必需品を詰め込んだ僕。クレインも同様に、トートバッグへ私物を詰めて準備万端といった様子だ。そこで、クレインが少々俯きながら口を開いた。
「ねえ、タカト。その……生徒会長のことなのだけど、鎌女が言うように私の足の腱を斬るなんて面倒なことをしなくても、普通に殺されていたと思うの。どうして、わざわざ私を生かすような真似をしたのかしら。何か殺せない理由でもあったのかしら」
クレインの疑問はもっともだ。あの高速の居合斬り、僕だって下手をすれば首を落とされていたかもしれない。先輩が、自らの技量を誇るためだけにクレインの傷付けたとは思えない。無力化するならば、その場で始末してしまった方が遥かに簡単。ただ、ヒトヨが言っていたことを思い出すと、ササコ先輩がクレインの命を奪わなかった理由かもしれない事実に気が付く。
「殺せない理由、か……ヒトヨが最後に言ったこと、クレインは覚えてる?」
「最後に? ええと、確かお姉ちゃんの名前を出していたわ。生徒会長が、お姉ちゃんと何らかの関わりがあるってこと?」
「先輩とルーシャさんは同期だから、関わりはもちろんあると思う。その中でも、強い結びつきというか、そういうものじゃないのかな。だから、ルーシャさんの妹であるクレインのことを始末できなかった、とか」
友情なんて言葉でまとめてしまうのは気が引けたが、その仮説は全く的外れではないと思う。クレインも少しだけ考えた後、小さく頷いた。
「そうかも、ね。どちらにせよ、生徒会長には訊きたいことがたくさんあるわ。最優先事項はアミナの行方だけど、もちろんお姉ちゃんのことも訊き出す。今夜、私たちの方から仕掛けてみましょうか?」
「仕掛けるって、先輩たちを探すってこと?」
「ええ。奴らはミオリの家の目星くらい付いているはずよ。もし私たちがいなくてもぬけの殻だったら、一泡吹かせられるんじゃないかしら」
「それはそうだけど……」
「私たちなら心配いらないわ。ミオリのことは確かにあるけど、あの鎌女だって倒してるんだから。安心しなさい」
微笑みながら言うクレインは頼もしい。けれど、クレインやホノカ、ヒメノにもしものことがあったらと思わずにはいられない。心配のし過ぎなのか、と考えたそのとき、ポケットの中のスマートフォンが震えた。着信は、バイト先の店長からだ。
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