第七章 - Ⅷ

「とにかく救急車を……!」

 ササコ先輩のヴァリアヴル・ウェポンの能力で、通信機器が使えないことは分かっていた。その上で、僕はなんとかミオリを救おうとスマートフォンに手を伸ばす。何度電源を押そうとも、一向に画面は映らない。

やがて、僕の手をミオリ自身が制した。

「タ、カト。いいよ、どのみち、私ももう……ほら、見て?」

 目を疑う。ヒトヨのときと、全く同じだ。淡い光の粒が、ミオリの身体や武器を包んでいる。口の中の水分が全て失われてしまうような感覚。声が、出せない。

「ミオリっ! こんなところで倒れたら許さないわよ……私たちは四人揃って――」

「あはは、クーちゃんに言われちゃったね。正直、私も悔しいよ。私がヒメちゃんやクーちゃんやホノちゃんみたいに強かったら、あのヒトヨって人にも勝てたのかなって。自分が、情けないよ……」

 ミオリの、涙。彼女と接してきて、初めて見た光景。目の前の現実に、僕はただ打ちひしがれることしかできない。

「そんなことはないわ、ミオリ……あなたが居なかったら、私もタカトも殺されてた。鎌女を討てたのは間違いなくあなたの功績よ」

 クレインの声も、心なしか震えているように感じられた。ミオリは尚も無理に作った微笑みで僕たちに向く。頬には、溢れんばかりの涙が伝っている。

「そっか、よかったぁ。私、最期に役に立てたんだね。クーちゃんに褒めて貰えるなんて嬉しいなぁ」

「っ……」

 ただ、光の粒になって消えていくミオリを、僕たちは見守るしかできない。何か打開策を、と思考を巡らせようとした、その刹那だった。


「――ミオリ……? ミオリっ!」


「へ……?」

 遠くから聞こえた声。紛れもなく、僕たちの仲間の執行兵……ヒメノのものだ。彼女の手に握られた明るいピンク色のスマートフォンが、地面に落ちて乾いた音を奏でる。 

 呆けたように固まるミオリの元に、制服姿のヒメノが駆け寄る。彼女は膝を突いて、正面からミオリを抱き締めた。

「ヒメ……ちゃん?」

「なんで、なんでこんな無茶をしたのですか!?」

 肺の中の空気を全て吐き出すような、ヒメノの声。普段、淡々と話す彼女からは想像もできない。言葉を受けた側のミオリも目を丸くしている。

「ご、めん。ちょっとドジしちゃって」

「こんなときまで、自分勝手に物事を進めないでください……あなたがいなくなったら、私、私――!」

 ヒメノの目尻にも、透き通るような涙が溜まっている。そんなヒメノをそっと抱き返すように、ミオリは腕を回す。

「最期にヒメちゃんと会えてよかった。あのね、ヒメちゃん。私、ヒメちゃんに色々と無理を言ったこともあったよね。でも、ヒメちゃんは最終的に、全部聞いてくれた。昔も、今も。これからも、っていうのはちょっと無理になっちゃったけど、本当に、本当にありがとね」

「あ……」

 ミオリの身体を覆う光が、より一層強く輝いた。

「人間の世界で死んだらどうなるか、私たちは知らないよね。どうなっちゃうのかなぁ……? もうみんなに会えないのはすごく寂しい……でも、みんなと過ごした時間は、絶対に忘れない」

「ミオリ……そんな、ミオリッ!!」

 ヒメノの叫びが、夜の闇に木霊した。ミオリの腕が、足が、そして身体が、光の粒に変わって、弾ける。その瞬間、最後に、もう一度彼女の口が動く。


「ありがとう、みんな。ヒメちゃん――」


 ――ふわり、と浮かべられた微笑み。それは誰よりも、目の前のヒメノに向けたもの。

 ヒメノの両腕が虚空を斬った。ミオリの身体は、もうそこにはない。

「う……ぁ」

 あの傷の具合で分かっていた。分かっていながらも、そんな現実を思い知らされたヒメノ。僕やクレインがその場にいるのも構わず、身体の奥深くから響くような嗚咽を零した。


「ミ、オリ……う、わぁぁぁぁぁぁッ!!」

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