第七章 - Ⅴ

「さてさてさてぇ、邪魔者もいなくなったところで今日こそ人間クンの首をもらいますよぉ。ササコが妹ちゃんを行動不能にしてくれたおかげでぇ、だいぶ戦いやすくなりましたからねぇ」

 下ろしていた鎌をゆっくりとした動きで持ち上げ、同時に口角を上げるヒトヨ。吸い込まれそうな黒い瞳。僕とクレインを守るように立つミオリの首筋には、大粒の汗が浮かんでいる。

「ミ、オリ、あの鎌女は危険よ。タカトを連れて逃げなさい!」

「何言ってるのクーちゃん! 私も戦わないと……私だって、執行兵なんだからッ!」

 ソレクを握り締め、ポニーテイルに結わいた髪を揺らしながらヒトヨへ突進するミオリ。

 狙うはヒトヨの胴体部分。ソレクで思いきり振り抜けば、さすがのヒトヨも無事では済まないはず。だが。

「うふ、執行兵の卒業試験ってぇ、だいぶ甘いんですねぇ。私たちは試験こそ受けていないですがぁ、これでは先が思いやられますねぇ」

 横薙ぎのソレクを飛んで回避する。バランスを崩したミオリだったが、すぐに立て直し、空中から着地したヒトヨを見据える。

「ず、随分と言ってくれるね……! これ、ならッ!」

 横薙ぎの遠心力も加わった回転攻撃。もう一度、無防備なヒトヨを狙うも、今度は後方に飛び退かれソレクの刃は届かない。

「ちッ……」

 さすがのミオリも後退し、荒い息を整えた。重量のある武器は、扱うだけでも大変だ。

「ふふふふッ、もう終わりですかぁ? 骨のない後輩ちゃんですねぇ」

 踊るような戦闘。といっても、ヒトヨの方は一度も刃を振るうことはなかった。時間と、ミオリの体力だけが消費されていく。

「はぁ……ッ、こんなものじゃ――!」

「私としては無駄な時間は使いたくないんですけどぉ、この子がこのままじゃ人間クンの首を刈れませんからねぇ。それにしても、早く人間クンの首をアミナのところへ持って帰りたいですぅ。うふふふ、彼女、かなり喜ぶと思いますよぉ」

「赫熊アミナのところ……! 鎌女、アミナは今どこにいるの!?」

 倒れ伏しているクレインがヒトヨを思い切り睨みつけた。自分の姉の仇がどこにいるのか、どうしても知りたい。そんな感情が、滲み出ているような声。

「あらあらぁ? 妹ちゃん、まだそんな元気があったんですねぇ。というかぁ、アミナの居場所を聞いたところでどうするんです? その足じゃしばらくは立つこともできませんよぉ? あははッ、余計なことは訊かなくても結構ですよぉ。だってぇ、妹ちゃんはぁ、ここで殺される運命にあるんですから!」

 虚空を撫でる、黒い刃。ヒトヨが手にした鎌をくるりと一回転させ、狂気じみた声を上げる。

「まずは妹ちゃん、次に後輩ちゃん、そして人間クン。順番に殺して差し上げますから、覚悟していてくださいねぇ?」

 僕たちを殺す快楽に身を委ねようと、ヒトヨは真っ赤な舌で唇を舐める。

「うふふっ、本当に、どんな声で命乞いをするのか楽しみですぅ。いいんですよぉ? わんわん喚いても。はぁ……ッ、想像しただけでいい気持ちですぅ」

「狂ってる、わね。あなたにだけは殺されたくないわ、鎌女」

 クレインが何とか上半身を上げ、苦悶の表情を浮かべつつヒトヨを睨んだ。足の怪我は執行兵の超人的な再生能力によって塞がりつつあるが、まだ歩行には至らない。

「私にとっては誉め言葉ですよぉ。さ、お喋りはこの辺で。妹ちゃん、これで終わりですよぉ!」

 ゆらり、と闇に溶けるヒトヨ。狙いはクレインだ。アスファルトを鳴らす足音と共に、その凶刃が接近する。が、簡単に首を取られるクレインではない。鎌の斬撃が縦方向へ来ることを想定したのか、転がって半身に避け、そのまま生成したままのアマトを突き出した。

「うッ……!?」

 ヒトヨのワンピースの裾が、アマトによって貫かれ、裂かれる。まさか自分の攻撃にカウンターをもらうとは思わなかったであろうヒトヨは、よろめくように距離を取る。

「ふっ、ふふふふ、今の、まともに食らったら死んでいましたねぇ。本当、その怪我でよくやりますよぉ」

「はぁッ……言ったでしょう? あなたにだけは殺されたくないって。誰にも殺される気はないけれどね。例え生徒会長であっても、アミナであっても」

「あらあら、随分と大きく出るんですねぇ。言っておきますけどぉ、アミナが本気になったら妹ちゃん達なんてゴミみたいなものですよぉ?」

 次の攻撃の機会をうかがいながら、ヒトヨはさも面白そうに笑う。

「なん、ですって……?」

「だからぁ、ゴミだって言ってるんですよぉ。ササコに一撃もらって立てなくなるようじゃ、アミナには歯が立たないでしょうねぇ。多分――」

 何かを思いついたように、ヒトヨの口角が不気味に吊り上がった。ぞわり、と背筋が凍り付くような錯覚を覚える。

 そして、クレインが一番聞きたくないであろう言葉を、放つ。


「刻まれて終わりですねぇ、それこそルーシャみたいに」


 クレインの琴線に触れる一言。彼女が、ヒトヨに対して恐ろしく冷酷で、鋭い視線を向けているのが分かった。クレインが万全の状態であったのなら、今すぐにでもヒトヨを串刺しにしていても可笑しくない。そんな、貫くような視線。

「随分と怖い目をするんですねぇ、妹ちゃんは」

「当たり前よ。身内を貶されて激昂しない者はいないわ。許されることじゃない……あなたは、必ず殺してあげる」

「いいですよぉ。殺せるものなら殺してみてください。その前に、妹ちゃんの命が危ういってことにいい加減に気づきましょうねぇ!?」

 再び、ヒトヨの凶刃がクレインの首を狙った。風のように突進するヒトヨの瞳は、まるで濁っているようにも見受けられた。クレインは未だ回復しない足の腱を気にしながら、首が刈られるその瞬間を、目を見開いて迎えようとしていた。

「あはははっ、滑稽なことですねぇ! 私に、何の抵抗も出来ないで殺されるなんてぇ!」

「はっ、それは、どうかしらね……」

 しかし。クレインが笑った理由は、すぐに判明した。

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