第七章 - Ⅵ
「クーちゃんは……絶対に殺させない!」
今まで恐怖に怯え動けなかったであろうミオリが、クレインを狙うことに夢中になっているヒトヨに体当たりを仕掛けた。
「え、なッ!?」
想定外の出来事に反応が遅れたヒトヨは、そのままバランスを崩す。手にした大鎌を杖にして転倒は防いだが、それよりも先にミオリのソレクが、ヒトヨに迫った。
「私だって……私だって!」
横薙ぎの大斧は、ヒトヨの身体を両断せんと振るわれる――その瞬間、体勢を崩しながらも、素早い判断で鎌を振るうヒトヨ。しかし、重量や速度は、ミオリのソレクが圧倒的に勝っている。遠心力により勢いを増したソレクが鎌の柄と交わり、激しい金属音を奏でる――!
「ぐ、ッ……あぁぁッ!!」
文字通り空気が裂けるような規模の轟音は、僕の耳に残響する。もし、これが日中であったのなら、より多くの人間に響いていたであろうその音。
身体に傷こそ負っていないものの、ヒトヨはそのまま吹き飛ばされ、アスファルトの上に投げ出されるように転がる。そのときのミオリの背中は、とても頼もしかった。
「クーちゃん、大丈夫?」
「ミオリ……無理、させたわね」
「ううん。私、とっても怖かったけど、でもクーちゃんを失うなんて嫌だった。私たちは、四人揃って同期なんだから!」
ルーシャさんの一件も、ホノカの一件もある中で、ミオリの言葉は重く響く。しかし、まだ終わっていない。よろよろと立ち上がったヒトヨは、俯きながら薄い笑みを浮かべて、僕たちに向き直る。色のない瞳が、前髪の間から垣間見える。今回ばかりは、本気で怒りを買ってしまったらしい。
「同期、同期ですかぁ。うふふ、そんな脆い絆を大事にするなんて、随分と平和ボケされてるんですねぇ。まあここで皆殺しにさせていただくのは確定事項なのですがぁ、そこの後輩ちゃんは特に斬り刻んで差し上げますねぇ。さっきまで怖くてガタガタ震えていたくせに私に武器を向けるんですからぁ、惨殺されても文句は言わないでくださいねぇ!!」
再びこちらへ急接近するヒトヨ。先ほどよりも低い体勢だ。未だ立てていないクレインを守るような形でソレクを構えるミオリに対し、鋭い斬撃を見舞う。だが、そこに恐怖に怯えるミオリはもういない。防御にも秀でたソレクの背を使い、斬撃を往なす。
「ちっ……!」
「いくらあなたが執行兵の先輩だからって、そんなのは関係ない……私が、クーちゃんとタカトを守りたいって気持ちは本物だから!」
激しい金属音によって耳鳴りを覚えそうになる中、ミオリは攻勢に出た。ヒトヨの斬撃を受け流すのではなく、飛び退いて回避を試みる。ヒトヨの鎌が空を斬り、次の瞬間、ミオリの回転を加えた攻撃が炸裂する。鎌で受け流す算段のヒトヨも、重い一撃にはふらつかざるを得ない。
そんなヒトヨに追撃を浴びせようとするミオリ。一発、二発とその勢いが増していく。ミオリが優勢の状況だ。夏祭りの日、あのクレインすら苦戦したヒトヨに対して、絶え間ない攻撃を浴びせ続けている。
ミオリの、守りたいという強い思いの表れだ。
「ッ……! ふふっ……そろそろぉ、疲れてきましたかぁ?」
しかし。劣勢なはずのヒトヨは、不敵に笑った。確かに、今のミオリの表情には疲れが見え始めている。これだけの重量の物を振り回しているのだから必然だ。ヒトヨも、ミオリのスタミナ切れを狙っている。
「はぁッ……! まだ、まだっ!」
ソレクの黄金の刃が煌めく。が、縦の大振りに合わせて潜り込むように回避したヒトヨは、大鎌の石突の部分でミオリの鳩尾を突いた。
「か、はぁ……ッ!」
がくん、と膝を突くミオリ。そんな彼女の首に、大鎌、コプリンの刃がスラリと当てられる。
「あれぇ? さっきの頭に血が昇りっぱなしみたいな威勢はどうしたんです? やっぱり後輩ちゃんは単なる後輩ちゃんだったということですかぁ。うふふ、このまま首を刈ってもいいんですがぁ、それじゃあ先程の仕返しにはならないのでぇ――うふふふっ、こんなのはどうですかぁ!?」
振り上げられた大鎌の刃が、ミオリの右の肩口を襲う。刃の先端が突き刺さり、ミオリの苦悶の絶叫が響いた。
「く、あぁぁぁぁぁッ!?」
ぶしゅっと吹き出す真っ赤な血液。太い動脈を斬り裂いたのか、心臓の鼓動に合わせて断続的にアスファルトを染めていく。僕は思わず叫んでいた。
「ミオリっ!」
「痛い? 痛いですかぁ? 痛いですよねぇ!? このままだとぉ、血を流しすぎて死んじゃいますよぉ? まぁ、私を侮辱してくれた生意気な後輩ちゃんにとってはぁ、お似合いの最期ですけどねぇ?」
大鎌をぐりぐりと動かすと、ミオリの傷口も深く抉れていく。ミオリが纏っていたワンピースは既に、半分ほど深紅に染まっていた。
「っぐ、ううッ……!!」
「何か言ったらどうですかぁ? あぁ、痛みで何も言えないですよねぇ? あははっ、そうですねぇ、命乞いでもしたらぁ、許して差し上げてもいいですよぉ。「私が悪かったので命だけは勘弁してください」って泣いて謝ったらぁ、本当に命だけは助けてあげても構わないですねぇ。ほらほらぁ、私に無様な姿を見せ――」
ミオリを嘲笑うかのようなヒトヨ。その傷口を更に広げようとしたところで、鎌が何かに制される。未だに動く、ミオリの左腕だ。血で滑る鎌の柄を、ぐっと握り締める。
「……後輩ちゃん、何の真似ですか?」
不満を爆発させたような瞳で睨むヒトヨ。しかし、ミオリはどこまでも冷静に。心なしか、その顔は笑っているようにも見えた。
何かを確信したように、口角が上がる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます