第七章 - Ⅳ
「ミオリさんはクレインさんほど戦闘経験がないようですね。人間の生活に染まり切るのもどうかと思いますよ? 執行兵としての任務も果たさないと」
「そ……それをあなたが、言うのかしら? ディカリアの構成員である、あなたが!」
まだダメージの残る身体に鞭を打つように、クレインはササコ先輩を睨んだ。純粋な疑問にも思えるその言葉。なぜ、先輩が僕ら鞭撻をするのか、理由は分からない。クレインを睨み返すような仕草の後、いつもの何を考えているのか分からない笑みを、先輩は浮かべる。
「ふふ、冗談に決まってるじゃないですか。怖い顔ですね。ですが、ユーモアのひとつくらい覚えても損はないと思いますよ」
「ふざけないで! もういいわ……アミナの情報も大事だけど、ここであなたを倒して、無理やりにでも吐かせる。覚悟しなさいッ!」
ダメージを負っていたはずなのに、素早くササコ先輩への接近を敢行するクレイン。唇の辺りから鮮やかな血が流れだしている。痛みに耐えている何よりの証拠。彼女はそのまま、地面を蹴って飛び上がる。空中から、ササコ先輩を強襲しようという算段。
しかし。先輩は避ける動作のひとつも見せず、溜息をつく。
「はぁ……私の話なんて聞く耳持たずですか。ヒドゥンと戦うときのような華麗なクレインさんを見てみたかったのですが、残念です」
アマトの鋭利な先端が、ササコ先輩の胸に吸い込まれるその瞬間。僕は、思わず大きく目を見開いていた。
見えたのは、銀色の閃光、一瞬の煌めき。
「え……――?」
いくら目を凝らそうにも、何が起こったのかさっぱり分からない。ひとつだけ言えるのは、クレインの武器が先輩に届くことはなかったという事実だけ。
ぱっ、と何かがアスファルトに飛散したかと思うと、クレインの体はまるで糸を切断された操り人形のごとく、その場へと倒れ伏した。目を白黒させて、なぜ自分が倒れているのかすら分からない様子のクレイン。
「なッ、何、を……? 足が、斬られ――」
「ええ。足の腱を斬りました。執行兵の再生能力を加味しても、これでしばらくは動けませんね」
うつ伏せに倒れたクレインの左足からは、真っ赤な血が止め処なく溢れている。人間であれば致命傷だが、執行兵にとっても同じ。両腕に力を入れ、何とか上半身を起こすも、足の腱が斬られては満足に立つことすらできない。
先輩のヴァリアヴル・ウェポンである杖。それは、ほんの一部分の姿に過ぎない。
実際には、より強力な武器が眠っている。
「……仕込み刀、ですか?」
「正解です。さすがタカトくん、早々にメリンの正体を見破っただけはありますね」
先輩がゆっくりとした動作で杖へと触れると、鞘から刀を抜き放つような動作を見せる。最後まで抜かないものの、あれは紛れもなく仕込み杖。月光を浴びて光る刀身が眩しい。
クレインが飛び上がり、ササコ先輩に接近した一瞬の隙を突いて、正確無比に彼女の足の腱だけを斬り裂いた。少なく見積もって、ホノカ以上の刀の使い手であることは間違いない。
しかし。そんな先輩は、再度刀を鞘へと納めると、にこりと微笑む。
「クレインさんはしばらくそのままでいてください。私は別の用事があるので、これで失礼させていただきます。代わりと言ってはなんですが、別の方にお越しいただいていますので」
別の方、と聞いて身構える。キララか、もしくは敵の総大将たるアミナが現れてもおかしくない状況。倒れたクレインを守るように立ちはだかるミオリも、同様に出現するであろう敵の影に神経を研ぎ澄ませているようだ。
そして。
「――あはははッ、私がササコの代わり? ササコって、冗談も言えるんですねぇ。てっきり真面目一辺倒かと思ってましたけどぉ」
アスファルトを踏む靴の音。暗闇から現れた影は、漆黒に溶けるような黒のワンピースを身に纏い、同じく巨大な鎌を携えている。月明かりが、その正体を晒す。
灰墨ヒトヨ。正直、キララやアミナよりも会いたくなかった相手だ。今すぐにでも獲物を噛み千切って咀嚼したい。そんな感情が見え隠れするような欲望に満ちた表情。
「冗談ではありませんよ、ヒトヨ。あなたはタカトくんの首が欲しいのでしょう? 私の代わりに刎ねても構いません」
「だからぁ、その「代わり」っていう言葉が気に食わないですよぉ。あくまでも主役は私、そのほうがモチベーションも上がりますよぉ」
仲間割れ、というには自然すぎる会話の流れだが、ふたりに流れる微妙な雰囲気は、ミオリもクレインも感じているようだ。
「……でしたら、そういう認識で結構です。それでは、私はこれで」
「ご苦労様ですぅ、ごきげんよう~」
軽い会話を交わし、ササコ先輩はその場を去る。彼女が去ってもメリンの妨害効果は継続しているようで、クレインとミオリの武器からはあの独特な光が発生していない。
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