第七章 - Ⅱ
「そんなこと、僕が知ってていいのかな。訊いたのは僕だけど」
「ん? ああ、一応私の話、みんな機密事項だから外には漏らさないでね。言ったところで誰も信じないだろうけど。まー、タカトなら大丈夫だよね。例え上にバレたところで、特例として扱ってもらえると思うよ」
薬味に使う長ネギやミョウガを見繕いつつ、さらっととんでもないことを言う。いつか執行兵の世界に赴く機会があったら、そういう話になるのだろうか。そればかりは、今の僕には分からない。
「とりあえずこんなところかな? クーちゃんって嫌いなものあったっけ?」
「聞いたことないけど、ミオリのほうが知ってるんじゃないの?」
「私ももうこっちが長いから、分からなくなっちゃった。まあ、足りなかったらコンビニとかで買い足せばいいよね」
考えてみれば、ミオリももう数か月はこちらの世界にいる。クレインたち他の執行兵と離された時間も長いのだ。そういう意味では、今回のお泊り会はその時間を埋めるための機会といっても過言ではないのかもしれない。
支払いを終える。今回は、ミオリと僕の折半とすることにした。クレインにはあえて言わなくてもよさそうだ。
ミオリの目的は僕との会話だったはずだが、なんだかほとんど僕の質問で終わってしまったような気がした。
「ミオリ、さっきの話のことなんだけど、僕の質問ばっかりで大丈夫だった? 何か訊きたいこととかあったり……」
袋詰めを終え、店を出たところで不意に問いかける。
「え? いいのいいの。こうやってタカトと買い物できただけで満足! あ、けど、さ。一個だけ訊いてもいいかな?」
やはり何か訊きたいことがある様子のミオリ。買い物袋の重さを感じつつ、彼女の質問を待った。そして。
「――タカトはさ、クーちゃんのこと、好きなの?」
ミオリの瞳は、決して僕をからかっているとか、そういう雰囲気ではなかった。
むしろ、知りたいという確かな意思を感じるあたり、僕も真面目に返答せざるを得ない。
でも、質問の内容が内容だ。僕が、クレインのことをどう思っているか。以前、ホノカに似たようなことを言った気がするが、あのときは直接的には訊かれなかったはず。
しかし、今回は違う。そもそもどうしてそんな質問を投げてくるのか、疑問は募ったが、ちゃんとした返答を用意しなければいけないような気がして、僕は言葉に詰まっていた。
「あ、えーっと……」
「そんなに答えにくい質問かな? 本当、正直なところを教えてくれるだけでいいんだけど」
ミオリの頬は、心なしか桃色に染まっているような気がした。正直、ミオリとはこの類の話をしたことがない。彼女と話す内容と言えば、バイトのことや学校のことばかり。普通の友達同士がする内容に他ならない。だから、クレインに直接話すよりも、余計に話しづらさを感じてしまう。
悩んだ僕は、ホノカに言ったことをほとんどそのまま、ミオリに話した。
「好きかって言われると、まだ分からない。でも、側にいて落ち着く存在っていうのは確かだと思う。毎日顔を合わせてるけど、その気持ちは変わらないかな」
「へぇ、そうなんだ。落ち着く存在、ね。んー……」
「ミオリ?」
「あ、なんでもないよ。いきなり変なこと訊いてごめんね。さ、早く帰ってご飯作ろ! クーちゃんも待ってるだろうし、私もお腹空いちゃったし!」
そこからはいつものミオリだった。家までは色々と雑談をしながら帰る。そんな中でも僕は、ミオリからの質問の内容にどう答えるのが正解だったのか、ずっと考えていた。
*********
「あら、お帰りなさい。思ったよりも早かったのね」
念のためインターフォンを鳴らすと、最近お気に入りらしい空色のワンピースを纏ったクレインが現れた。先ほどの話の後だからか、彼女の姿を見るだけで多少なりとも意識をしてしまう自分がいる。
「ちょっとタカト借りてたよ、クーちゃん。寂しかった?」
「寂しい? まあ、いつもの家が広く感じたのは確かね。タカトがディカリアに襲われないかって危惧もしたし」
「そっか~、本当、クーちゃんは心配性だね。そんなにタカトのことが気になる?」
先ほどのミオリの話も統合して、思わず肩がピクリと動く。問い掛けられた本人であるクレインは、一瞬だけ固まるがその後は平生を装うような形で僕らを促す。
「き、気になるって……! いいから、早く入りなさい。夕食、作るわよ」
「えへへ、はーい」
家に入る段階で、ミオリは僕を一瞥し、少々含みのある笑みを浮かべた。
ミオリが中心となり、クレインも一緒に夕食を作る。僕は専ら配膳係だ。ミオリは油を熱し、天ぷらも作ろうとしている。
「やっぱりそうめんといったら天ぷらだよね!」
「普段はタカトのお母様に作ってもらっているから、自分たちで作るのは楽しみだわ」
クレインとミオリ。かつては高校の屋上で刃を交えたこともあったふたりだが、今はこうしてエプロンを付け、並んで夕食を作っている。その姿に、心の底から安堵している自分がいた。
そうこうしているうちに、夕食のそうめんと天ぷらが完成する。
「さ、できたわよ。タカト、盛り付けを頼めるかしら?」
「うん、任せて」
バイト先でデザートの飾り付けくらいは経験があるし、料理が出来ずともそのくらいならばと意気込む。手早く食器を用意し、揚げたての天ぷらを大皿へと盛り付けようとした。
「あー! そのまま盛り付けちゃ駄目だよ。余計な油を落とさないといけないから、下にキッチンペーパーを敷くの。ほら、貸して?」
ミオリがそこで、持ってきたキッチンペーパーを何枚か、大皿の下に敷いた。
「ありがとう。ミオリ、詳しいんだね」
「逆に私が知ってて、タカトが知らないのはどうなのかなって感じだよね。よし、じゃあぱぱっと盛り付けちゃって!」
鼻歌なんかを歌いながら、ミオリはそうめんの方の配膳に移った。
「ミオリの言う通り、あなたももう少しお母様の家事を手伝ったらどうなの?」
「うーん、検討するよ」
クレインに言われては立つ瀬がない。苦笑いを返しつつ、配膳を終えた食器を食卓へと運んで、僕たち三人の夕食が始まった。
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