第七章「月下の死闘」

第七章 - Ⅰ

「それじゃあタカト。お父さんとお母さん、行ってくるわね。クレインちゃんと仲良くするのよ?」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

 いつにも増して意気揚々と出かけていく両親の姿を見送りつつ、今の状況になった経緯を回顧してみることにする。

 ミオリ邸で放たれた、家主であるミオリの衝撃的な言葉。僕の家でのお泊り会を開催するという端から見れば突拍子のない企画だった。

 とはいえ、ディカリアの目的が僕の命だとすると、真っ先に狙われるのは僕。更に、ササコ先輩が家を訪ねてきた段階で、ディカリアの面々にも僕の家が周知されている可能性は十分にある。そこで、夏休みの期間中に彼女たち執行兵が交代で僕を護衛しようということになったのだ。クレインは固定として、ミオリの家も空けるわけにはいかないので常時ふたりが残り、残ったひとりがクレインと一緒に僕の家に泊まるという計画だ。

 僕の両親への危害を考えて、クレインが少しだけ記憶を操り、会社の長期休暇を取って二週間程度の旅行へ行くという話にしておいた。記憶を操作されているとは露知らず、本人たちは当日までかなり楽しみにしていたらしいので、たまの息抜きはとても大事だと改めて思った。

 両親を見送った段階で、スマートフォンへ通知が届く。ミオリからのメッセージだ。

『やっほー、タカト!』

『どうしたの?』

『今日のことなんだけど、夜に備えて買い出しでも行かない? 私、なんだかワクワクしちゃって』

 時刻は午後四時を少し回ったところだった。夕食には早いが、そのための準備ならば決して早すぎない時間。

『了解。そしたら、クレインと一緒に行くよ』

『ええっと、そのことなんだけど』

 前置きをしたところで、何秒か後にメッセージが飛んでくる。

『たまにはタカトとふたりで話でもしながら買い物したいんだけど、駄目かな?』

 あのミオリが、僕とふたりで。確かに執行兵の中で、一番顔を合わせた期間が長いのはミオリだ。バイトの同僚、更に高校の同級生。しかし、クレインたちが現れてから、ミオリとふたりで会う機会はバイトくらいになってしまっていた。たまにはこういう機会も必要なのかもしれない。

『了解。集合は駅前でいいかな?』

『ありがと! じゃあ、準備してから行くから待っててね!』

 彼女がよく使うキャラクターのスタンプが送信され、一段落。ミオリの家からだと徒歩十分もかからないくらいの距離なので、僕もクレインに話だけしておいてすぐに向かうことにした。


「タカト、お待たせー! 今日、なんだか暑くない?」

 駅前でスマホを弄りながら時間を潰していると、ポニーテイルをふわりと揺らしながらミオリが近づいてきた。いつもはあまり見ることのない、ミオリのワンピース姿。淡い花柄が、彼女の魅力を逆に引き出しているようにも感じられる。

「それは、まあ。連日暑いけどね」

「あはは、そっか。そうだよねー! ところで、今日は何食べたい? クーちゃんも料理できなさそうだし、私が作ってあげるよ」

「いいの? じゃあ……」

 こう暑いとなかなか食欲も湧かないものだが、手軽に食べられるものならば大丈夫そうだ。そこで、僕はひとつ提案をすることにした。

「そうめんにしようか。料理の時間も短くて済むし、季節的にも美味しいし」

 少しだけ意外そうな表情を見せたが、ミオリはやがてにっこりと笑みを浮かべる。

「いいねー! ちょうど食べたかったんだよね。ずっと食べ損ねてたんだー」

 ミオリ邸でも食事当番は彼女の仕事らしい。となると、今日残されたホノカたちは何を食べるのだろうか。案外、カップラーメンなどで済ませてヒドゥンを狩る任務に就こうとしているのかもしれない。

「じゃあ、とりあえず買い物、行く?」

「うんっ!」

 夕方とはいえ、外はまだ暑い。ミオリとともに、駅前のデパートに併設されたスーパーへと足を運んだ。


 母親の買い物に付き合ったり、お使いを頼まれたりでたまに来ることのあるスーパー。ただ、傍らのミオリはほぼ毎日訪れているようだ。

「うちは三人だから、献立を考えるのも大変で大変で。栄養補給も任務のひとつだからね。人間の世界は美味しい物が多いから助かってるけど」

 カゴを片手に主婦のように話す彼女だが、任務という言葉からは執行兵であることをまざまざと感じさせられた。

「ミオリ、執行兵の世界ではどんな生活だったの?」

 そういえば、と思って問いかける。クレインにも訊くことは可能だったかもしれないが、ずっとタイミングを逃してしまっていた。彼女たち執行兵が、こことは別の世界でどんな暮らしをしていたか。

「んー……生活自体は、人間の世界とあんまり変わらないかも。私たちにも家族がいるし、こっちでいう学校や病院だってあるよ。まあ、執行兵の養成校に通うのはほんの一握りだし、しかも多くは研修生の段階で落とされちゃうから、私たちは例外かも」

「そ、そうなんだ」

 執行兵という存在は、人間の世界でいうところのエリート中のエリート。いつも何気なく接している彼女たちの素顔が垣間見えるようだ。

「養成校は全寮制で、クーちゃんたちともそこで会ったんだ。あのときはまだ人数が多かったけど、結局私たち四人だけになっちゃったしなぁ。だからヒメちゃんやホノちゃんと暮らしてると、昔のことを思い出しちゃうよね。クーちゃんがいれば完璧だけど、そこはタカトを守るためだからしょうがないのかも。あ、キュウリとトマトが安いよ! サラダにでもしようかなぁ」

 特売となっていた野菜類をカゴに入れつつ、執行兵の生活について語るミオリ。人間の中でも僕しか知りえない情報を、こうして享受している自分。

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