第六章 - Ⅶ

 カフェの制服に着替えてホールに入ると、元々少なかった客はさらに減り、クレインの他には人の姿はないんじゃないかと思えるくらい閑散としていた。注文も入らないので、レモン水を飲むクレインの向かいに座る。彼女が座っているのは、元々ササコ先輩が座っていた席だ。

「クレイン、何か飲む?」

「じゃあ、アイスカフェオレ……の前に、あなたに訊きたいことがあるのだけど」

 僕に訊きたいこと、それは十中八九ササコ先輩関連だと直感できた。

「えっと、ササコ先輩のことだよね」

「それ以外に何があるのよ。どうして生徒会長がここにいたの?」

 ササコ先輩がここにいた理由は、話すととても長くなりそうだ。今日一日、数時間前からの出来事を思い起こしながら、クレインへ向け話をする。

「クレインが駅前に向かってから部屋でウトウトしてたら、いきなりササコ先輩が家に来たんだ。そして、この喫茶店に来ることになって。どうしても会わせたい人がいるって」

「どうしても会わせたい人? それは、仲間の執行兵?」

 やはりこの話題には触れなければいけない。どうしたらクレインを刺激しないか、考えるだけ時間の無駄だった。自分の姉の仇を知ったら、彼女は必ず復讐心を燃え上がらせてしまう。そんな確信があった。それでも、言わなければいけない。

「うん。ひとりは、この前の夏祭りのとき、ステージで歌ってた子。彼女も執行兵だったんだ、名前はキララ」

「キララ……聞いたことないわね」

「そうなんだ。実はもうひとり、アミナって人が――」

「アミナ? ちょっと待って」

 彼女の姉の仇であろう存在を口にした瞬間、クレインは考え込んだ。何かを思い出そうとしている。そんな印象を受けた。

「同僚のことは滅多に話さなかった姉が、一度だけ、珍しく話したことがあったわ。まさか、そのアミナなのかしら」

 僕はクレインの姉の話を聞いたわけではないので、具体的な判断はできなかったが、可能性は非常に高い。

 執行兵の今後というのは、恐らくディカリアのこと。クレインの姉、ルーシャさんは、ディカリアと対立し、そして殺された。たったひとりで、戦っていたのだ。

 ついに、アミナのことを話すときがきた。激昂するのは目に見えているが、慎重に言葉を選んだ。


「かも、しれないね。クレイン、そのアミナが言っていたんだ。同期の執行兵をひとり、斬ったことがあるって。ディカリアの方針に反対だった執行兵って、多分――」


 クレインは、息をするのも忘れている様子だった。

「――間違いない。お姉ちゃんだわ。タカト、そのアミナはどこに行ったの?」

 目の色を変えたクレイン。この場で武器を生成してしまいそうな勢いだ。慌てて、僕は待ったをかける。

「ちょ、クレイン! いきなり無策で挑むのは危険だよ!」

「でもッ……ようやく、ようやく見つけたのよ? 何としてでもアミナを追うわ。追って、お姉ちゃんの仇を――」

 しかし、彼女に籠っていた力が、フッと抜けていく。怒り以外の、それよりももっと強大な感情に、支配されてしまった様子だ。

「ッ……冷静に考えると、あのお姉ちゃんが負けた相手ってことよね。誰よりも強かったあのお姉ちゃんが」

 仇に恐怖を感じるなんて、クレインらしくない。とはいえ、ホノカのときとは状況がまるで違うのだ。自分の見知った相手ではなく、未知の相手という点で。ホノカのときは自己暗示をかけていたような状態に近かったクレインだが、いざその相手が明確になると底知れぬ恐怖を覚えるのも無理はない。

「クレイン……」

「でも、私がやらないと。アミナを、倒すわ。その前に、奴の取り巻きをなんとかする必要がありそうね。タカト、バイトが終わったら、ミオリの家に来てくれる? ホノカとヒメノは先に帰ったから、ミオリも含めて具体的な方針を話し合いましょう」

「うん。クレインも、もう少しゆっくりしても大丈夫だからね」

 彼女なりに、考えたいことがあるのだろう。自身の腕輪に軽く振れ、交信を図るクレイン。

「ホノカとヒメノに連絡を入れたわ。じゃあ、改めてアイスカフェオレ、頼めるかしら」

「はい、かしこまりました」

 僕もすっかり店員モードになって、彼女に応対する。僕にできることはなんだろう。少しでも、彼女たちの力になれたらと思った。


*********


「ええっ、私が着替えてる間に、そんなことがあったの!? 確かに生徒会長さんがいたときにはどうしようかと思ったけど……まさか、ディカリアの人たちが来てたなんて」

 バイトが終わり帰路、クレインとミオリを連れ三人で歩く。ミオリには、先程アミナと出会った話をした。自らの働く店に敵であるディカリアが来店していたことに、驚きを隠せない様子だ。

「ええ。それで、あの鎌女は来ていなかったのね。夏祭りのときに殺された人間のように、ヒドゥンの餌を探している。あの狂った女なら、何をしでかすか分からないわ」

「うん。突然現れたりしないといいけど」

 時刻は午後六時。夏場ということもあり陽が沈むのは遅い。周りに人の姿もあるため、表立って襲ってはこないはずだ。

「それにしてもさ、生徒会長が終業式で言ってた「行方不明事件」って、ディカリアの仕業だったんだね。人間を襲ってヒドゥンに食べさせることを目的にしてるなんて、ちょっと怖いかも」

「ディカリアにかかれば人間なんて簡単に殺せるんだから、ただの餌としか思っていないはずよ」

「タカト、そんな人たちと一緒にいてよく殺されなかったよね。悪運強い?」

 似たようなことをアイドル少女、キララにも言われた気がする。今回の顛末を思い出しながら、僕は話した。

「悪運というか、今回は見逃されただけだと思うんだ。ディカリアはディカリアで、作戦を練っている段階だろうし。彼女たちが言うには、僕を殺さないと計画が進まないらしいし」

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