第六章 - Ⅴ

 ――直感。点と点が、線で結ばれる。

 もうひとりの同期はクレインの姉。斬ったのはアミナ。

 どうしようもなく簡潔な情報。今すぐクレインに伝えたいものだった。しかし、この状況では。彼女たちならば、この場で武器を取って僕を殺しかねない。とても冷たい、殺意の眼差し。底知れない恐怖を、植え付けられてしまう。

 だが。アミナが武器を抜くことはなかった。そのまま席から離れ、ひらひらと手を振る。

「じゃあ、アタシはこの辺で。ヒトヨでも探して今後の方針を決めねえとな。キララ、ササコ、後は頼んだ」

「あ、私も行くー! ササコ、タカトくんのことよろしくね。タカトくん、次会うときは敵同士だけど、容赦はしないからね。痛い目見させてあげるから」

 ふたつの靴音が店内に響くと、大小の影が、姿を消した。店内の人間は、誰ひとりこの会話を聞いていない。僕だけが知っている。彼女たちの、真実を。

「交渉決裂、ですね。私も、タカトくんが素直にこちら側へ付くとは思っていませんでしたけど」

「そういう先輩は、襲ってこないんですね」

 カマを掛けるように放ってみた言葉には、彼女は反応しない。ただ、用意されたレモン水が入ったグラスを傾けて口に含むだけ。

「そろそろ何か頼みましょうか。タカトくんのバイトの時間も迫ってきてるでしょうし。あ、すみませーん」

 店員を見つけたらしい先輩は、小さく手を上げて呼んだ。パタパタと元気な足音が響く。

 同時に、彼女を象徴するポニーテイルがふわっと揺れた。

「はーい、ご注文お伺いし……へ? タカト?」

 伝票への起票をしようとしていた少女は、僕の同僚であり、仲間の執行兵。メイド服を参考に店長夫人がオリジナルで作成したというカフェの制服に身を包んだ彼女、ミオリは、目をぱちくりとさせながら僕と先輩を交互に見つめる。

「あら、山鳥ミオリさんですね。哀原ササコです。よろしくお願いしますね。ふふ、その制服、とてもお似合いですよ」

「ありがとうございま……って生徒会長さん? どうして、タカトとふたりでいるの?」

 祭りの夜の出来事は、ミオリの耳には情報として入っているはずだ。目の前の女性が自分たちにとってどのような存在か、理解もしているはず。そして、この状況に疑問を隠せないのも分かる。

「ごめん、ミオリ。話は後でいいかな? とりあえずアイスコーヒーと、先輩はどうしますか?」

「私もタカトくんと同じもので。あ、あとミルクレープも頂けますか?」

 訝し気な顔をするミオリだったが、僕に危害が及んでいない以上、ここで武器を取り出させるわけにはいかない。それに、先輩に訊きたいことも山ほどある。

「か、かしこまりました。ねえタカト、本当に後で教えてね?」

 言うなり、スカートの裾を翻して厨房へ向かうミオリ。一息つくと、目の前の先輩は微笑みを浮かべていた。

「私の存在も、お見通しみたいですね。まだあなたたちの前ではヴァリアヴル・ウェポンも展開していないのに」

「哀原先輩、その」

「ササコ、でいいですよ。ここまで来たら、もう擬態の名前を名乗ることもないでしょう?」

 言われてみれば確かにそうだ。ずっと苗字で呼んできた手前恥ずかしさもあったが、彼女の事を名前で呼ぶことにした。

「分かりました。ササコ先輩。その、ひとつだけ訊いてもいいですか?」

 バイトの時間までは残り三十分ほど。それまでに、一番訊かなくてはいけないことを聞き出す。

「はい、なんでしょう。私に答えられることなら」

 いざ訊こうとすると、言葉の整理が上手くできない。ただ、ここで手をこまねいていても仕方がないので、単刀直入に言うことにする。

「さっき、アミナさんが話していた「同期」って、もしかしてルーシャさんのことですか?」

 訪れる沈黙。ササコ先輩はぴくりと肩を震わせたが、どこか言葉を選んでいるように、微かに唇を動かすも声は出さなかった。

 何秒くらい続いただろうか。秒ではなく、分かもしれない。

 やがて、重厚な扉を開くように、ササコ先輩は言葉を落とし始める。


「その通りです。ルーシャは、私たちの同期でした。最後まで、アミナに抗って、そしてアミナのヴァリアヴル・ウェポン、「ヒドラ」によって命を絶たれました」


 クレインの仇の存在が、明白になる。執行兵としての任務を捨て、ディカリアの野望を全うするためならば、同期にすら手を掛ける、アミナの異常さが際立つ。クレインも似たようなことはしようとしていたが、彼女の場合は状況が違う。クレインの復讐心を煽った、トリガーともなった人物。それが、あの赫熊アミナだ。

「ササコ先輩は、その戦いを見ていたんですか?」

「いいえ。私が到着したころには、既に戦いは終わっていましたよ」

 当時のことを思い出しているのだろうか、ササコ先輩は自らの左胸の前で、きゅっと拳を握った。アミナがルーシャさんを殺した。これだけでも、クレインを奮い立たせるには十分すぎる要素だ。喉を濡らすために水を飲んだ僕は、再びササコ先輩に問いかける。

「あの……僕は、クレインたち側の人間なのに、こんなに情報を流してしまっていいんですか?」

 ある程度の確信があったとはいえ、だ。その是非を問うと、彼女は柔らかく笑った。

「いいんですよ。大体、私が話した情報が本当かどうかも証明できないでしょう? これをクレインさんたちに話すか話さないかは、タカトくん次第ですよ」

 言われてみれば確かにそうかもしれない。嘘の情報を用いて僕らを混乱させようとしている可能性だって十分にある。しかしどうしてだろう。ササコ先輩が、僕に嘘をついているようには思えない。

「分かりました。先輩とも戦わなきゃいけないんですか?」

「敵、ですからね。刃を交える日も来るでしょう。そのときは、手加減はしません。本気でタカトくんの命を狙います。こう見えても私、結構強いんですよ?」

 先輩がどんなヴァリアヴル・ウェポンを使ってくるのか、どのように攻めてくるのか、実際の戦闘を見たわけではないから分からない。それはアミナもキララも同じだ。

 僕にできることは、対策をすることだけだ。ヒドゥンの弱点を見破るのはもちろん、クレインたちと情報を共有する。それが、クレインたちの身と自分の身を守ることに繋がるはず。

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