第六章 - Ⅳ
「まあいい。そうだ、自己紹介が遅れたな。アタシはアミナ。こっちでは
彼女たちの同期は、全部で五人のはず。殺されたクレインの姉をカウントしていない。ということは、意図的に省いた可能性がある。恐らく、ヒトヨも含め、この中の誰かがクレインの姉の仇。考えただけで、額の汗が頬まで流れてしまいそうだった。
「お前がアタシたちの後輩と行動していようが関係ない。普通だったらそういう話になるが、今は状況が状況だ。アタシたちディカリアの任務の成功が懸かっているからな。そこでお前に話がある」
テーブルに肘を乗せ、僕を下から見つめるアミナ。顔を合わせられなかった僕だが、その瞳の奥に見つめられてしまうと、今度は視線を逸らしたら始末されそうな気がして、顔を背けられない。
「なん、でしょうか」
絞り出した声は掠れていた。アミナはその口角をニヤリと上げる。
「――竹谷タカト、アタシたちに協力しろ。下級生共からは手を引いて、ディカリアに付け。そうすれば、お前の命と最低限の生活は保障してやる」
ディカリアに付け、というのは、ヒドゥンに付けと言っているのと同義だ。ぞわりと鳥肌が立つ。どうして、僕を味方に付けようとする? そもそも、ディカリアの任務って何だ? 様々な疑問が、浮かんでは消える。
「あははっ、アミナ単刀直入すぎだよ。まあ、そうとしか言えないけどねー。キララも、タカトくんが仲間になってくれたら嬉しいな。だってタカトくんは、キララたちの任務には必要不可欠なんだもん」
「あの……ディカリアの任務って、一体何なんですか?」
震える声を何とか言葉にする。それが、一番分からない。どうしてディカリアがヒドゥンと手を組み、人間を襲うのか。その先に、何があるというのか。
「ああ、言ってなかったな。アタシたちの任務は、人間の世界を壊すことだ。ヒドゥンと一緒にな。ヒドゥンは人間の肉を食らう。お前も見ただろ、人間がヒドゥンに食われるところを」
僕は無意識の内に頷いていた。アミナがあの夜の出来事を知っているのは、恐らくヒトヨの報告を受けたからだ。高校の生徒会副会長がヒトヨによって殺され、頭をバリバリと食べられていたあの場面。思い出しただけでも吐き気がする。
アミナは続ける。
「元々はヒトヨとキララを人間界に派遣して、ヒドゥンの管理を任せていた。ただ、ヒドゥンを狩る後輩の執行兵が増えてきたって報告があってな。アタシとササコも急遽、人間界に来たってわけだ。まあ、執行兵を統括する上の組織の方でも、アタシたちの名前は知れ渡っているみたいだがな。こっちに来ちまえば好き放題できる。当然、反対はあったが……この話は長くなるからこの辺りにしておくか」
まずは本題を、と言わんばかりだ。僕を見据えるその視線は鋭く、それでいて僕に敵対心を抱かせないようにか、明確な殺意などは感じられない。
「竹谷タカト、お前はヒドゥンに特に襲われやすい特異体質を持った人間だ。理由は、お前がヒドゥンの弱点を見破れるから。ヒドゥンも躍起になってお前を殺そうとしているわけだ。どうしてお前にそんな力が宿ったのかは分からねぇが、アタシたちにとってもヒドゥンにとっても都合がよくない。が、逆に言えばお前もアタシたちと同じように、ヒドゥンを飼いならせる立場になれる素質は秘めている。ヴァリアヴル・ウェポンは使えないが、アタシたちに協力くらいはできるはずだ。お前が了承すれば、アタシたちがヒドゥンを手懐けてお前を襲わないようにしてやる。お前の命は保障されるわけだ。どうだ?」
概ね、クレインの考えと似ている。アミナもヒドゥンではないから、憶測でしか話せないのかもしれない。だが、彼女たちがヒドゥンを操って人間の世界を滅ぼそうとしているのなら、それの片棒を担ぐことになる。クレインやホノカ達とも、当然敵対することになる。彼女たちを裏切ることなど、僕にはできない。
ここは、確かな意志を伝えなくてはならない。今度こそ、自分からアミナを見据えた。
「お断り、します。アミナさんたちが人間の世界を滅ぼそうとしているなら、もし僕が最後のひとりになったら、その場で殺すんですよね? どちらにせよ、僕の命の保証はないも同然じゃないですか」
「へえ、ただの阿保ってわけじゃなさそうだな」
否定をしないということは、僕の推測は当たっている。ここでアミナたちがどんなに甘い言葉で誘惑してきても、断固としてそれを断らなければいけない。彼女たちに加担すれば、どのみち命はなくなる。ならば、最初からアミナたちに付くメリットは皆無だ。
「まあ、こうなることは想定済みだ。お前が大人しくこっちに従うとも思ってなかった。それならアタシたちにも考えがある。竹谷タカト、お前の大切な執行兵たちが、傷つかなきゃいいけどな……ああ、そうだ」
僕を力づくでも説得する気はないらしく、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。唐突に席から立ち上がったアミナは、気を抜けば額と額が合わさってしまうくらい近くで、僕を睨みつけた。
その口が、真実を告げる。
「アタシたちにはもうひとり同期が居たんだが、そいつはディカリアの方針に反対でな。最後の最後まで抵抗したから、アタシが斬ったんだよ。この手でな。お前らを斬り殺すくらい、造作もない。覚えておけよ」
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